トランバーズ伯爵のもとにルアンブルの次期国王アーウェルから祝賀会への招待状が届いたのは、トランバーズ伯爵の妹リル、そしてアーウェルの兄オーガスタスの挙式から二週間ほどが経ってからのことだった。
「えっ、ルアンブル国へ……?」
カトリオーナ・マイアーは父ロランに彼の私室へ呼ばれ、ルアンブル国50周年の記念祝賀会に伯爵家一同が招かれた旨を聞いた。
「うん。なんとアーウェル殿下直筆の手紙まで添えてある」
ロランは黒革のソファに腰掛けていた。思案顔で足を組み直す。
「父上だけならまだしも、僕も――僕ら家族全員で来て欲しいと書いてある。彼はきみのことを気に入ったんじゃないかなぁ」
ロランは複雑そうな表情を浮かべている。彼のななめ向かいに座っていたカトリオーナは右手をあごに当てて眉尻を下げた。
「そ、そんな……。お怒りを買うようなことはあっても、気に入るだなんて」
叔母であるリルの結婚式でのことを思い起こす。
王族の裸を見てしまったのだ。不敬罪になってもおかしくないというのに、現状はなんのおとがめもない。
「だってさ、このあいだのリルの結婚式でアーウェル殿下はカトリオーナのことばかり見ていたよ」
「きっと私がお気に召さなかったのよ。怒りに震えていらっしゃって……でも、私はリルお姉さまの姪だから、抑えていらしたのかも」
先日、結婚したリルは父ロランの妹なのでカトリオーナの叔母に当たるのだが、彼女は叔母さんと呼ばれるのを好まないので、カトリオーナはリルをお姉さまと呼んでいる。
「いやぁ、アレは違うね。きみのことが欲しくてたまらない、そんな感じの熱い視線だった」
「お父さまったら……。勘違いよ。いいかげんに子離れしてちょうだい」
「そんな、カトリオーナ……! 冷たいことを言わないでくれ」
哀しそうな顔の父親には目もくれずカトリオーナはロランが手にしている真っ白な便せんを見つめた。
「……お父さま。アーウェル殿下からのお手紙を拝見しても?」
「……はい、どうぞ」
いかにもしぶしぶといったようすでロランはカトリオーナにアーウェルからの手紙を渡す。
(……なんて美しい字)
癖のない、絶妙に整った流麗な文字に感銘を受ける。カトリオーナはうっとりとしたようすで何度も手紙を読み返していた。
「……カトリオーナ。まさかきみ、アーウェル殿下に好意を寄せているのか?」
「えっ!?」
顔を上げると、父はひどく不機嫌な顔になっていた。
「わ、私はただ……もう一度お会いして、先般の不敬を改めてお詫びしたいだけです」
――いまの言葉は会いたい理由の半分だ。もう半分は、ただ単純に彼のことをもっと知りたいと思っているからなのだけれど、こんな父の前では口が裂けても言えない。
あの日、アーウェルを初めて目にしたときから彼の姿が頭に焼きついて離れない――。
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「えっ、ルアンブル国へ……?」
カトリオーナ・マイアーは父ロランに彼の私室へ呼ばれ、ルアンブル国50周年の記念祝賀会に伯爵家一同が招かれた旨を聞いた。
「うん。なんとアーウェル殿下直筆の手紙まで添えてある」
ロランは黒革のソファに腰掛けていた。思案顔で足を組み直す。
「父上だけならまだしも、僕も――僕ら家族全員で来て欲しいと書いてある。彼はきみのことを気に入ったんじゃないかなぁ」
ロランは複雑そうな表情を浮かべている。彼のななめ向かいに座っていたカトリオーナは右手をあごに当てて眉尻を下げた。
「そ、そんな……。お怒りを買うようなことはあっても、気に入るだなんて」
叔母であるリルの結婚式でのことを思い起こす。
王族の裸を見てしまったのだ。不敬罪になってもおかしくないというのに、現状はなんのおとがめもない。
「だってさ、このあいだのリルの結婚式でアーウェル殿下はカトリオーナのことばかり見ていたよ」
「きっと私がお気に召さなかったのよ。怒りに震えていらっしゃって……でも、私はリルお姉さまの姪だから、抑えていらしたのかも」
先日、結婚したリルは父ロランの妹なのでカトリオーナの叔母に当たるのだが、彼女は叔母さんと呼ばれるのを好まないので、カトリオーナはリルをお姉さまと呼んでいる。
「いやぁ、アレは違うね。きみのことが欲しくてたまらない、そんな感じの熱い視線だった」
「お父さまったら……。勘違いよ。いいかげんに子離れしてちょうだい」
「そんな、カトリオーナ……! 冷たいことを言わないでくれ」
哀しそうな顔の父親には目もくれずカトリオーナはロランが手にしている真っ白な便せんを見つめた。
「……お父さま。アーウェル殿下からのお手紙を拝見しても?」
「……はい、どうぞ」
いかにもしぶしぶといったようすでロランはカトリオーナにアーウェルからの手紙を渡す。
(……なんて美しい字)
癖のない、絶妙に整った流麗な文字に感銘を受ける。カトリオーナはうっとりとしたようすで何度も手紙を読み返していた。
「……カトリオーナ。まさかきみ、アーウェル殿下に好意を寄せているのか?」
「えっ!?」
顔を上げると、父はひどく不機嫌な顔になっていた。
「わ、私はただ……もう一度お会いして、先般の不敬を改めてお詫びしたいだけです」
――いまの言葉は会いたい理由の半分だ。もう半分は、ただ単純に彼のことをもっと知りたいと思っているからなのだけれど、こんな父の前では口が裂けても言えない。
あの日、アーウェルを初めて目にしたときから彼の姿が頭に焼きついて離れない――。