たなぼた王子の恋わずらい 《 05

 ルアンブル国への出立を明日に控えた夜、カトリオーナはなかなか寝付くことができずベッドの中で悶々としていた。

(アーウェル殿下……)

 燃えるような赤い髪は艶やかで、それと対照的な碧い瞳は深い水底を思わせる。その対比はあまりに鮮烈で、忘れたくても忘れられない。一目ですっかり魅了されてしまった。それにくわえて――。

(……っ! いやだわ、私。また思い出してしまった)

 アーウェルの、湯に濡れた滑らかでたくましい胸板と、それから脚の付け根にあったものを頭の中にありありと思い浮かべてしまい、とたんに顔が熱くなる。

(早く眠らなくては。目の下にクマを作った無様な顔で殿下に会うわけにはいかないわ)

 そうは思えど、いやそれゆえにいっこうに眠りに入ることができない。

(熊が一匹、二匹……)

 カトリオーナは固く目を閉じ、熊を数え始める。背中に羽根が生えた愛らしい熊の姿を思い浮かべる。それはこの国の絵本にたびたび登場する人気者であり貴族平民を問わず誰もが知っている普遍的なキャラクターだ。

(ああ……眠れない)

 恋する乙女の頭の中で産み出された羽根つきの熊は彼女の意に反して勝手に踊り出し、いっそうカトリオーナを眠りから遠ざけた。


 翌朝、ドレッサーの前の椅子に腰を下ろしたカトリオーナは愕然とした。目の下には予定調和さながらの黒いクマができていた。一睡もしていないので、むしろそこに何もないほうがおかしい。
 カトリオーナはあわてて引き出しからコンシーラーを取り出した。ふだんはあまり化粧はほどこさないが、叔母のリルから道具だけはいろいろと授かっており一通りそろっている。

(お願い、消えて……!)

 あれこれと試行錯誤すること小一時間、なんとかクマを隠すことに成功したカトリオーナは馬車に揺られているあいだも落ち着かなかった。
 何度も手鏡で身だしなみを確認しては窓の外を見やり、御者に旅程の狂いはないかと確認する。祝賀会の前夜祭は今日の夜だ。前日にルアンブル入りできればよかったのだが、父の仕事の都合でそれがかなわずやや強行的な旅程となっている。

(早くお会いしたい……)

 車窓から異国の青空を仰ぎ見て、カトリオーナは長いため息をついた。


 謁見の間へ続く廊下がいやに長く感じる――。

 カトリオーナがルアンブルに到着したとき祝賀前夜祭はすでに始まっていた。王都は活気にあふれ、民は浮かれ皆が喜び建国記念を祝っていた。
 王城もまた同じで、出会う人すべてがにこやかにカトリオーナたちを迎えた。
 城の侍従の案内で謁見の間に到着したロランとその妻イザベラ、それからカトリオーナは玉座にいるルアンブル国王に礼を尽くした。ロランが祝辞を述べ、国王が言葉を返す。そして次は国王のかたわらにいるアーウェルがロランに長旅をねぎらう、というのが定石なのだが、彼はいっこうに言葉を発しなかった。

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