たなぼた王子の恋わずらい 《 06

 彼の視線の先には、蒼い髪の少女のみ。アーウェルはカトリオーナしか見ていない。カトリオーナもまたそうだった。

(ああ、やっぱり素敵……!)

 リルの結婚式で見かけたときのアーウェルはどちらかというとラフな恰好だった。招待状に気楽な恰好で来るようにとドレスコードがなされていたからだ。
 だからカトリオーナはアーウェルの王子としての正装を初めて目にした。
 基調は清潔感のある白。裾や襟もとには緻密な金刺繍が施してあり、ボタンは彼の髪の色と同じ鮮やかな赤だ。その姿にすっかり魅了されていたせいで、ずいぶんと長いあいだ見つめ合っていたことを知らなかった。これは後から母に聞いた話だ。
 コホン、と誰かの小さな咳払いが聞こえた。ルアンブル国の侍従だった。

「このたびは遠路はるばるご苦労様でした。トランバーズ伯爵におかれましては――」

 アーウェルはロランに社交辞令的な挨拶をした。

(声も、やっぱり素敵……)

 恋するカトリオーナには、アーウェルのなにもかもが輝いて見えた。


 国王と王子への謁見を終えたカトリオーナたちは湯浴みを済ませたあと談話室でくつろいでいた。そこへルアンブルの侍従がやってきた。謁見のときにも居合わせた侍従だ。

「カトリオーナ・マイアー様。アーウェル殿下がお呼びです」

 すかさずロランが侍従に尋ねる。

「え、ちょっと。呼ばれているのはカトリオーナだけ?」
「左様でございます。お支度が整いましたらお呼びくださいませ。部屋の外でお待ちしております」

 侍従が部屋を出て行くなりロランは憤然とソファから立ち上がった。

「やっぱり! アーウェル殿下はカトリオーナに気があるんだ」
「まあ、よろしいではないですか。この子も嬉しそうにしていることですし。ねえ、カトリオーナ。殿下に粗相のないようにね。なにをされても決して拒んではだめよ」

 立ち上がって息巻くロランとは対照的に彼の妻イザベラは落ち着いたようすでソファに腰掛けたままワインをあおっている。

「イザベラ! きみはいったいなにを言ってるんだ! カトリオーナ、いやなら拒んでいいんだからね!」
「は、はい……」

 カトリオーナはふたりが何のことを言っているのかまったくわからず、首を傾げるばかりだった。

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