談話室と続き間になっている控えの間でナイトドレスに召し替えたカトリオーナは侍従の案内で城の廊下を歩いた。
(……ずいぶんと遠くまで来てしまったけれど)
いま歩いているのはルアンブル国でも限られた者――王族しか立ち入ることができない場所だと思われる。先ほどからすれ違うのは衛兵ばかりだ。
「――アーウェル殿下。カトリオーナ様をお連れしました」
観音開きの大きな扉の前で侍従が言った。中からはすぐに「入れ」と入室を許可する声が聞こえた。
カトリオーナは「失礼いたします」と小さな声で言いながら中へ入る。そんな虫の鳴くような声しかだせないのは、萎縮してしまっているからだ。
(ここって……アーウェル殿下の、寝室?)
部屋の中は広く、キングサイズの天蓋つきベッドが置いてあった。ほかの家具や調度品にも、随所に王家の紋章が彫り込まれている。
その広い部屋の中央にアーウェルはいた。
「長旅で疲れているところに呼び出してすまない」
「いいえ、とんでもございません。お目見えすることができて光栄です」
レディのお辞儀をしたあと、なかなか頭を上げることができなかった。まさか王子の寝室に案内されるとは思いがけず、よけいに緊張する。
「……こちらへ。夜風が清々しい」
テラスに出るよう促された。侍従がテラスへの扉を開ける。
「おまえは下がっていい」
「はい」
アーウェルが侍従を下がらせる。その瞬間、カトリオーナはいっそう脈拍を早くさせた。
(ふたりきりに、なっちゃった……)
アーウェルはテラスの柵に両手をついて外を眺めている。
お互いに無言だった。吹き抜ける夜風がアーウェルの赤い髪を揺らす。いまの彼は謁見のときよりも幾分か装飾の少ないジャケットとトラウザーズを身につけている。
(そうだ、まずは謝らなくちゃ)
カトリオーナは半歩だけ踏み出してアーウェルに近づいた。それでもまだ彼の顔を見るまでには至らない距離がある。アーウェルは外ばかり見ている。
「先日は、その……本当に申し訳ございませんでした」
「……なんのことかな」
アーウェルが振り返る。叔母の屋敷で彼の湯浴みを覗いてしまったことをアーウェルはとくに気にしていないようすだ。それに彼の口調が柔らかくなったような気がする。ふたりきりだからだろうか。年齢相応の話し方に思える。
「あのっ、私……あの日から」
彼に真っ直ぐに見つめられ、頭の中が混乱する。言いたいことがまとまらない。
「殿下の下半身が忘れられなくて――」
アーウェルは目を丸くした。カトリオーナはバッと勢いよく両手で自身の口を押さえた。
「いっ、いやだ、私……! あの、違うんです。殿下のその燃えるような髪の色とか、透き通った碧い瞳もすごく印象深くて」
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(……ずいぶんと遠くまで来てしまったけれど)
いま歩いているのはルアンブル国でも限られた者――王族しか立ち入ることができない場所だと思われる。先ほどからすれ違うのは衛兵ばかりだ。
「――アーウェル殿下。カトリオーナ様をお連れしました」
観音開きの大きな扉の前で侍従が言った。中からはすぐに「入れ」と入室を許可する声が聞こえた。
カトリオーナは「失礼いたします」と小さな声で言いながら中へ入る。そんな虫の鳴くような声しかだせないのは、萎縮してしまっているからだ。
(ここって……アーウェル殿下の、寝室?)
部屋の中は広く、キングサイズの天蓋つきベッドが置いてあった。ほかの家具や調度品にも、随所に王家の紋章が彫り込まれている。
その広い部屋の中央にアーウェルはいた。
「長旅で疲れているところに呼び出してすまない」
「いいえ、とんでもございません。お目見えすることができて光栄です」
レディのお辞儀をしたあと、なかなか頭を上げることができなかった。まさか王子の寝室に案内されるとは思いがけず、よけいに緊張する。
「……こちらへ。夜風が清々しい」
テラスに出るよう促された。侍従がテラスへの扉を開ける。
「おまえは下がっていい」
「はい」
アーウェルが侍従を下がらせる。その瞬間、カトリオーナはいっそう脈拍を早くさせた。
(ふたりきりに、なっちゃった……)
アーウェルはテラスの柵に両手をついて外を眺めている。
お互いに無言だった。吹き抜ける夜風がアーウェルの赤い髪を揺らす。いまの彼は謁見のときよりも幾分か装飾の少ないジャケットとトラウザーズを身につけている。
(そうだ、まずは謝らなくちゃ)
カトリオーナは半歩だけ踏み出してアーウェルに近づいた。それでもまだ彼の顔を見るまでには至らない距離がある。アーウェルは外ばかり見ている。
「先日は、その……本当に申し訳ございませんでした」
「……なんのことかな」
アーウェルが振り返る。叔母の屋敷で彼の湯浴みを覗いてしまったことをアーウェルはとくに気にしていないようすだ。それに彼の口調が柔らかくなったような気がする。ふたりきりだからだろうか。年齢相応の話し方に思える。
「あのっ、私……あの日から」
彼に真っ直ぐに見つめられ、頭の中が混乱する。言いたいことがまとまらない。
「殿下の下半身が忘れられなくて――」
アーウェルは目を丸くした。カトリオーナはバッと勢いよく両手で自身の口を押さえた。
「いっ、いやだ、私……! あの、違うんです。殿下のその燃えるような髪の色とか、透き通った碧い瞳もすごく印象深くて」