お見合いをした明くる週、初見酒造に赴いた千夏は応接室で社長を待っていた。
「すみません、お待たせしました」
ラフなスーツを着た初見社長が少し慌てた様子で部屋に入ってきた。千夏はソファから立ち上がって挨拶をする。
「いえ、とんでもございません」
何となく彼とは目を合わせられなくて、うつむき気味に言った。
(こういう態度はよくないよね……。いまは仕事なんだし)
そのまま彼の顔を見ることなく、先日テイスティングした酒に関する打ち合わせを進めていた。おおかたの話がまとまる。
「それでは、詳細につきましてはまた追ってご連絡致します」
ひと段落したので書類やサンプルを鞄にしまう。
「土倉さん、今度の日曜はお時間ありますか? よかったら一緒にドライブにでも行きませんか」
驚いて彼の顔を真正面から見てしまい、目が合った瞬間すぐさまうつむいた。
(ドライブ……って、何で?)
もしかしてお見合いを断ったことを気にして誘ってくれているのだろうか。だとしたら逆に申しわけない。
「すみません、日曜日は用事があって行けません」
「……そうですか、それは残念」
本当に残念だと思っているのか、断られて安心しているのか、千夏には彼の真意がわからなかった。
***
週の真ん中はノー残業デー。千夏は同期の結花に誘われて居酒屋にいた。彼女の恋人である出沢もオマケで付いてきている。
カウンター席しかない小さな和食居酒屋は出沢の幼馴染が店主をしているそうだ。厨房では彼と同じ年くらいの青年が黙々と料理を作っている。
「は!? アンタお見合いしたの!?」
「うん、お母さんにだまされちゃって」
「土倉さんがお見合いなんて、意外です! 相手の男性、泣いて帰ったんじゃないですか」
出沢はだいぶん酔っ払っているらしく、結花の肩に顔を預けて憎まれ口を叩いている。
「うるさいわね、社外のひとに突っかかったことなんてないわよ」
そういう千夏も深酒をしていた。青年が作る料理はどれも絶品で、でもそれが初見の家で食べた味に似ていて千夏はモヤモヤとした気分が晴れずにいた。
「それに、もう断られちゃったし」
「ですよねー、しかたないですよ。元気出して下さい土倉さんっ」
「結花、このポンコツ黙らせて」
「はいはい。武彦、あーんして」
結花は出沢の口いっぱいに海老の天ぷらを放り込んだ。モグモグと口を動かしながら、出沢は幸せそうにほほえんでいる。
「はあー、いいわね、ラブラブで」
「なによ千夏、寂しいの? アンタらしくないじゃない」
「それじゃあ土倉しゃん、あいつなんてどうでしゅか」
まだ海老を食べ切れていない出沢が滑舌悪く言って厨房を指差した。店主は話を聞いていたらしく、
「俺は大歓迎ですよ。綺麗なお姉さん、好きなんで」
無表情のままそう言ってこちらを見つめている。
「無理……あんなイケメン、私にはムリ」
「せっかくああ言ってくれてるのに、もったいないわよ千夏。いい男じゃない」
「結花さんは樹生《いつき》みたいのがイイんですかぁ!?」
「一般論の話よ。私はあなたひとすじだから安心して」
ふたりのやり取りを横目に見ながら千夏はふたたびため息をついた。たしかに、ここの店主は格好いい。無愛想だけれど、好青年だ。でもだからこそ、きっと本気で言っているわけではないだろう。
「ああ、もう……酒、酒よ! もっと強いの持ってきて」
この歳になってヤケ酒なんて、ていたらくもいいところだ。「もうその辺にしておいたら」と言う結花の制止を振り切って、千夏は次から次に日本酒をあおった。
「……――本当にお任せしちゃっていいの?」
「はい、むしろいいんですか? 俺、このひと食べちゃいますけど」
「あー……千夏はこう見えてもヴァージンだから、お手やわらかに」
「へえ……」
「放っといて……処女で、なにが悪いのよ……。うにゅ」
「それじゃ、ごちそうさまでした」
「またな、樹生ー」
結花と出沢の声が遠のく。誰かに抱え上げられたけれど、まぶたが重くて目を開けることができなかった。
「すみません、お待たせしました」
ラフなスーツを着た初見社長が少し慌てた様子で部屋に入ってきた。千夏はソファから立ち上がって挨拶をする。
「いえ、とんでもございません」
何となく彼とは目を合わせられなくて、うつむき気味に言った。
(こういう態度はよくないよね……。いまは仕事なんだし)
そのまま彼の顔を見ることなく、先日テイスティングした酒に関する打ち合わせを進めていた。おおかたの話がまとまる。
「それでは、詳細につきましてはまた追ってご連絡致します」
ひと段落したので書類やサンプルを鞄にしまう。
「土倉さん、今度の日曜はお時間ありますか? よかったら一緒にドライブにでも行きませんか」
驚いて彼の顔を真正面から見てしまい、目が合った瞬間すぐさまうつむいた。
(ドライブ……って、何で?)
もしかしてお見合いを断ったことを気にして誘ってくれているのだろうか。だとしたら逆に申しわけない。
「すみません、日曜日は用事があって行けません」
「……そうですか、それは残念」
本当に残念だと思っているのか、断られて安心しているのか、千夏には彼の真意がわからなかった。
***
週の真ん中はノー残業デー。千夏は同期の結花に誘われて居酒屋にいた。彼女の恋人である出沢もオマケで付いてきている。
カウンター席しかない小さな和食居酒屋は出沢の幼馴染が店主をしているそうだ。厨房では彼と同じ年くらいの青年が黙々と料理を作っている。
「は!? アンタお見合いしたの!?」
「うん、お母さんにだまされちゃって」
「土倉さんがお見合いなんて、意外です! 相手の男性、泣いて帰ったんじゃないですか」
出沢はだいぶん酔っ払っているらしく、結花の肩に顔を預けて憎まれ口を叩いている。
「うるさいわね、社外のひとに突っかかったことなんてないわよ」
そういう千夏も深酒をしていた。青年が作る料理はどれも絶品で、でもそれが初見の家で食べた味に似ていて千夏はモヤモヤとした気分が晴れずにいた。
「それに、もう断られちゃったし」
「ですよねー、しかたないですよ。元気出して下さい土倉さんっ」
「結花、このポンコツ黙らせて」
「はいはい。武彦、あーんして」
結花は出沢の口いっぱいに海老の天ぷらを放り込んだ。モグモグと口を動かしながら、出沢は幸せそうにほほえんでいる。
「はあー、いいわね、ラブラブで」
「なによ千夏、寂しいの? アンタらしくないじゃない」
「それじゃあ土倉しゃん、あいつなんてどうでしゅか」
まだ海老を食べ切れていない出沢が滑舌悪く言って厨房を指差した。店主は話を聞いていたらしく、
「俺は大歓迎ですよ。綺麗なお姉さん、好きなんで」
無表情のままそう言ってこちらを見つめている。
「無理……あんなイケメン、私にはムリ」
「せっかくああ言ってくれてるのに、もったいないわよ千夏。いい男じゃない」
「結花さんは樹生《いつき》みたいのがイイんですかぁ!?」
「一般論の話よ。私はあなたひとすじだから安心して」
ふたりのやり取りを横目に見ながら千夏はふたたびため息をついた。たしかに、ここの店主は格好いい。無愛想だけれど、好青年だ。でもだからこそ、きっと本気で言っているわけではないだろう。
「ああ、もう……酒、酒よ! もっと強いの持ってきて」
この歳になってヤケ酒なんて、ていたらくもいいところだ。「もうその辺にしておいたら」と言う結花の制止を振り切って、千夏は次から次に日本酒をあおった。
「……――本当にお任せしちゃっていいの?」
「はい、むしろいいんですか? 俺、このひと食べちゃいますけど」
「あー……千夏はこう見えてもヴァージンだから、お手やわらかに」
「へえ……」
「放っといて……処女で、なにが悪いのよ……。うにゅ」
「それじゃ、ごちそうさまでした」
「またな、樹生ー」
結花と出沢の声が遠のく。誰かに抱え上げられたけれど、まぶたが重くて目を開けることができなかった。