ロストヴァージンまでの十日間 《 第十一話 埋まる外堀(1)

誰かと誰かの話し声が聞こえた。そのうちのひとりは知っている。猫を被っていたうえに崖から突き落とそうとしたり勝手に身体を洗おうとしてきた、初見社長だ。

「じゃ、俺はこれで帰るよ」

「ああ。急に呼び出したりして済まなかった、瀬上《せがみ》」

「いいよ。彼女、きみの大切な婚約者なんでしょ」

千夏は目を見ひらいてガバッと身を起こした。会話から察するに、初見は別の誰かに対して自分を婚約者だと紹介しているようだったから、聞き捨てならなかった。
訂正しようと、声が聞こえてきた玄関のほうへ向かう。するとすでに客は帰ってしまったようで、初見だけがいてこちらを振り返った。

「まだ寝てろよ」

「誰と話してたんですか」

「俺の友人だ。医者をやってる。小児科だけどな。アンタ、風呂で倒れたんだが覚えてるか?」

「え、と……それは、すみません。ご迷惑をおかけしました」

「別にかまわない。それより、 もう平気なのか。たんなる貧血だとアイツは言ってたが」

「大丈夫です。あの、さっきのかたに私のこと」

「鉄分を摂れ、鉄分を。そうだ、冷蔵庫にレバーの煮付があるぞ」

「ちょ……っ、初見さん!」

彼を追いかけて数歩、駆けたところで、千夏は自身のあられもない格好に気が付いた。下着は付けていないし、この身の丈に合わないシャツはおそらく初見のものだ。

「ホラ、食え」

「……レバーは苦手なんです」

「つべこべ言うな」

「んぐ……っ!」

リビングのソファに座らされた千夏は鼻をつままれ、嫌いなレバーを無理やり口に押し込まれた。吐き出すわけにもいかなくてしかたなく咀嚼していると、思っていたほど臭みもなくて食べやすく、あっさりと飲み込むことができた。

「これ、ご自分でお作りになったんですか」

「いや、作ったのは俺じゃない。何だ、まだ欲しいのか?」

千夏は黙ってうなずいた。これならまだ食べられそうだ。誰が作ったのか気になったけれど、すぐに樹生の顔が浮かんだ。

「もしかして樹生くんの手作りですか? すごくおいしい。レバーは苦手だったんですけど、これだったら平気です。どんどんいけます」

箸を受け取って自分で食べようとしていると、ヒョイとかわされてしまい千夏は前のめりになった。

「なにするんですか、転ぶところでした」

「……もう、やらん」

「はあ……!? さっきは無理やり食べさせたくせに」

「アンタは樹生の店で夜飯 食べたんだろ。こっちはまだなんだよ」

初見は立ち上がってこちらを見おろしたあと、ひとりダイニングへと歩いて行った。そのまま彼を観察していると、冷蔵庫から大小様々な皿を出して食卓に並べ始めた。

「……初見さん、それってまさか全部、樹生くんが作ったものですか」

「そうだ。俺は全く自炊をしない」

「わざわざ作りにきてもらってるんですか」

「いや……。朝飯は食ってないし、昼は外食。夜はだいたいアイツの店で食って、土産に色々と持たされるから店に行かない時はそれを食ってる」

淡々と言いながら初見は食べ進めている。お店の残り物のようで、種類は様々だ。

「へえ、けっこうな食生活ですね。何だか少し安心しました」

「おい、なにが言いたい」

「初見さんって何でも完璧にこなしてそうだから、てっきり自炊なさるのかと思ってました。でも、そうでもないんだなあと」

「そういうアンタはマトモな食生活してんのか」

「もちろん。ちゃんと自炊するし、三食かならず食べます」

「だったらどうして貧血になんかなるんだ。そうだ、血行がよくなるようにマッサージしてやるよ」

話しているあいだに食べ終わってしまったらしく、初見は手際よく皿を片付けて千夏のいるリビングに戻ってきた。

「けっこうです。さわらないでください……っ。ちょ、ちょっと!」

「まずは口から」

口のマッサージなんて聞いたことがない。ソファに仰向けに押し倒されて馬乗りになられては為すすべもなく、口内に侵入してきた彼の舌から逃げるのが精一杯だった。

(これで血行がよくなるなんて、あり得ない)

けれど血流が盛んになっているのは明らかで、舌を絡め取られると全身がカアッと熱くなった。

「んっ……っく、ふ」

ディープキスに慣れていないせいか、口の端から唾液がこぼれてしまい羞恥に見舞われる。
両手は自由だから、先ほどからドンッドンッと遠慮なく初見の胸を叩いているけれど、彼はいっこうにやめる素振りを見せなかった。それどころか叩くたびに口付けが激しさを増していく。

「いい加減に叩くのやめろ、地味に痛い」

「……っ、そっちこそ、やめて……っふ、ぁッ!」

ようやく唇が離れたと思ったら、彼の舌は首すじを通って胸もとに這っていったから、千夏は全身を粟立たせながら初見の両肩をつかんだ。

「なにす……っぅ、や、あ」

「血行促進マッサージだ。熱くなってきただろ」

熱い、たしかに熱い。乳房を両手で揉みくちゃにされ、彼が触れているそこだけではなくて身体の内側が熱を帯び始めている。秘めた割れ目からトロリと媚蜜がにじみ出るのを感じた。

(へんだ……! 私、前よりエッチになってる……?)

以前、樹生に組み敷かれて触れられた時は震えるほどに否定した行為を、いまはやすやすと受け入れようとしている自分自身が許せなかった。
なにがそうさせるのかわからなくて、よく考えたいのに初見の舌がシャツのうえから尖った先端をかすめるから、そのたびに過剰に喘いでしまって考えがまとまらない。

「腰が動いてきたな。そろそろ下も頃合いか」

「ふ……っぅ、ん、ヤ……っあ!」

下着も付けずにワイシャツ一枚というのは本当に無防備だ。下からグイッと思い切り胸のうえまでまくり上げられ、両腕で胸もとを隠すひまもなく彼の手に捕らえられてしまった両のふくらみは四方に揉みまわされている。

「うく……ッ、ふ、あ、ア……ッ」

ふたつのつぼみを食むのと同時に割れ目を這った指にゾクリと全身が震えた。けれどこの震えは以前のような恐怖からくるものとは違って一時的だった。

「ひどく敏感だな。ココに触れるのを待ってるみたいだ」

「待ってなんか……っあ、い、や……っぅぅ!」

唾液で湿った乳首を指でひねられると、下半身がビクビクと脈動した。なにが起こったのかわからず戸惑う。

「乳首だけでイクなんて、アンタよっぽど溜まってんだな」

勝ち誇ったようなほほえみを浮かべ、自身の黒いワイシャツを脱いでいくさまは妖艶だった。

「な……なに脱いでるんですか」

男性らしい筋肉質な上半身を直視できなくて、千夏はソファの前に置いてあるテーブルを見つめながら言った。

「セックスの時はお互い裸のほうが好きなんでな。アンタは着衣のほうがいいのか?」

「セッ……!? 初見さんっ、約束を忘れてませんかっ」

「約束……? ああ、アレか。どうしようかな」

「どうしようかな、じゃないですよ。約束は守って下さい、社長でしょ」

「社長は関係ないだろ」

「だって……あ、い……やっ!」

あふれていた蜜の存在はすでに知られていた。ぬめりのある液体を花弁全体に押し広げながら、初見は花芽をこねくりまわしている。

「っや……あ、あ、だめ……っくふ」

ミチチ、と音を立てて入り込んできた彼の無骨な指が、縦横無尽にうごめきながら身のうちに収まっているのが信じられなかった。
自分では怖くていじったことのない秘所をわがもの顔で突き動かされ、羞恥と未知の感覚でおかしくなりそうだった。

「感度はいい、締まりもいいな。ヤりたくなってきた」

「ヤ……い、やっ……ぁ、あ!」

先ほどとはくらべものにならない快感が下半身を核として全身に突き抜けた。四肢は痺れ、意に反して陰部が脈打っている。

「アンタ、相当イきやすいみたいだな」

「……っ」

彼の指が引き抜かれたのを見計らって千夏は身を起こし、彼に背を向けた。これ以上はしない、というのを態度で示していたつもりなのに、

「わかった、そんなに嫌ならこのへんでやめておこう。でも俺は不満足だ。だからコレ、くわえろ」

背中に当たる硬いそれが男性器なのだと、こういったたぐいの経験がない千夏は理解するのに時間がかかった。

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