ロストヴァージンまでの十日間 《 第十六話 おもてなし

男性を自宅に招き入れるなんて初めてだから、やけに緊張していた。千夏は彼と目を合わせないようにして口をひらく。

「私は夕飯の支度をするので、適当にくつろいでてください」

「ああ」と短く返事をして、初見はリビングを見まわした。散らかってはいないと思うけれど、隅々まで見られると気になってしまう。

「殺風景だな。あまり生活感がない」

「そうですか? ごちゃごちゃと物を置くのが嫌いなので――っちょ、本棚は開けないでください!」

「適当にくつろげと言ったのは千夏だろう。なにか本を読ませてもらおうと思ったんだが」

「……初見さんが読むような本はありません。テレビッ、テレビにしてください」

成人女性向け漫画がズラリと並ぶ本棚は表からは本の背表紙が見えないようにひらき戸のガラス面をレースで覆っている。開けられてしまったら丸見えになるから、一巻の終わりだ。
千夏はテレビのリモコンを手に取ってスイッチを押す。初見は少し怪訝そうな顔をしたけれど、なにも言わずにソファに腰をおろしてくれた。
それから寝室でルームウェアに着替えた千夏は彼の動向を気にしつつ夕飯を作り、食卓に並べた。

「……普通だな」

オムライスをひとくち食べるなり、無表情のままつぶやく初見。

「そりゃあ、樹生くんの料理からしたら月とすっぽんでしょうけど、いまのところこれが精一杯です。……樹生くんに教えてもらおうかな」

「いや、いい。家庭的な味でけっこうだ。樹生の料理は懲りすぎて毎日食べるのには向かない」

矢継ぎ早にそう言って、初見はパクパクと食べ進めている。

食事を終えたら、彼はすぐに帰るものだと思っていた。けれど初見はソファに座ったままテレビを見ている。

(……いつまでいるんだろ)

食器を片付けた千夏は手持ち無沙汰に台所に立ち尽くしていた。するとそれに気が付いたのか、初見は無言で手招きをしている。

「何ですか?」

「いいから、こい」

警戒するのを忘れていた。今日はずっと紳士的だったし、好意を示されてほだされていたのかもしれない。言われるままに近づき、ソファに座るよううながされてとなりに腰かける。

「今夜、泊まっていってもいいか」

そっと肩を抱かれ、ほとんど音になっていないかすれ声が耳もとでつむがれる。
むず痒い声音にビクリと身体が震え、その反動なのかコクンとうなずいてしまった。

「……どうした、やけに素直だな。大人しく抱かれる気になったのか」

「ちっ、違います! 初見さんと もっと一緒にいたいなって思っただけで……って、やだ」

千夏は口もとを押さえながらあわててて立ち上がった。

(なにを口走ってるの、私!)

思ったことがそのまま口に出る性分なのは本当に困る。横目で初見の様子をうかがうと、珍しく間の抜けたような表情をしていた。

「わ、私……その、お風呂に入ってきます……っ」

消え入りそうな声でそう言って、千夏はそのまま振り返らずに浴室へ向かった。

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