ロストヴァージンまでの十日間 《 第二十五話 突然の前祝い(1)

初見の実家からの帰り道の車のなかで、千夏は下を向いたまま厚手のブランケットを見つめていた。

「どうした、浮かない顔だな」

「そりゃそうですよ、あんな嘘ついて……」

「あながち嘘でもないだろ。可能性はゼロじゃない。それに、いまは身ごもっていなくてもこれから事実にすればいいだけだ」

「簡単に言わないでください! なかなかできなくて悩んでるひとは、いっぱいいると思います」

結花の顔が浮かんだ。子どもを授かるというのは、簡単なようでじつはそうではない。

「……そうか、そうだな。母さんはずっと孫を望んでいたから、合意させるにはあれが得策と思ったんだが……すまない、配慮が足りなかった。でも」

初見は急に進路を変えて、千夏の自宅とは違う方向に曲がった。

「嘘が本当になるよう、これからは毎日、努力を惜しまない」

「な……っ、あの、どこに行くんですか。私の家とは逆方向ですよ」

「腹、減ってないか?」

そう言われてみると、急にお腹が空いてきた。昼食は軽くしか食べていなかったし、先ほどまで緊張していたせいかいっきに食欲が湧いてきた。

「減ってます。ペコペコです」

「そうか。では今夜は結婚前祝いをするとしよう」

信号待ちで停車した初見は千夏のほうを見て穏やかに笑った。

それから間もなくして到着した繁華街は平日の夜だというのにひとであふれかえっていた。
初見は迷うことなく歩き、高層ビルのなかへ入った。

(ここって、ホテルだよね)

高層ビルの一階はホテルのロビーだった。ビルのなかにテナントとして入っているレストランのどこかで食事をするものだと思っていたら、初見はフロントで宿泊の手続きを始めてしまったから、千夏はあわてて口をひらいた。

「初見さんっ、なにしてるんですか」

フロントの女性には聞こえないよう小声で言ったからか、初見はなにも答えず手続きを進めている。

「なにをボサッとしてるんだ。行くぞ」

カードキーを片手に、初見は千夏の手首をつかんだ。

「ちょ、ここに泊まる気なんですか……!? こんな、高そうなところに」

「友人が経営するホテルだから、優遇してもらっている」

「そうなんですか……って、そうじゃなくて」

言い合っているあいだにエレベーターに乗り、着いた先は恐ろしく眺めのよい高層階だった。手を引かれたまま廊下を歩く。足もとまである大きな窓からのぞく夜景は宝石を散りばめたように美しい。

「部屋からの夜景はもっと綺麗だぞ。ほら」

扉が開くと、今度は宝石箱をひっくり返したような光景だった。色とりどりの光の粒が無数に連なっている。部屋に入るなり千夏は感嘆の声を上げながら正面の大きな窓に近づいた。

思わず駆け寄り、窓面に手をついて外を眺めた。街は光をあふれさせて活気づいている。ひととおり高みの見物をし終えて ふと直下を見ると、高所恐怖症というわけではないのに足がすくんだ。

「……なっ、に、するんですか」

肝が冷えていたところに、額と目を大きな手で覆われてクラリとなる。

「そういえば千夏は病み上がりだったなと思って、熱がないか確かめてる」

「へ、へいき……っじゃ、ないですっ! 熱、出てきたかも」

「そうか。では適度に刺激して放熱するか」

彼の言う適度な刺激が何なのかはすぐにわかった。
太ももを撫で上げてタイトスカートをまくった彼の手はショーツの隙間からスルリとなかへ入り込み、花弁をまさぐる。

「ん……っ」

二本の指で包皮をめくられ、なかの花芽をきゅうっと押し潰される。蜜壺は熱くなってじっとりと湿り始めた。

(こんな……放熱するわけないじゃない)

千夏は小さく喘ぎながら目を細めた。磨き上げられた窓ガラスに反射する初見の顔は艶っぽく、獲物をどうせめ立てようかと思案でもしているような表情だった。

「あ……っん、ん……ッ」

指の動きが大胆になってきたそのとき、コンコンッとリズミカルな音が部屋に響いた。千夏は思わぬノック音に驚いて肩を震わせる。

「……ルームサービスだな」

スッと手を引き、初見は身を翻してドアのほうへ歩いて行ってしまった。
ルームサービスのスタッフはおいしそうな料理が乗ったワゴンを押してなかへ入ってくる。
千夏は数歩下がって部屋の隅へ行き、興奮冷めやらぬ下半身をなだめるように近くにあった椅子に腰かけた。

前 へ    目 次    次 へ

前 へ    目 次    次 へ