伯爵は肉欲旺盛なお医者さま 《 序章 02

 ガタ、タタという音は椅子が横へ動くときのものだ。続いてカツカツと靴音が聞こえてきた。音はしだいに大きくなっていく。

「……っ!」

 振り返るよりも先に逃げ道を塞がれた。ジェラルドはエリスの体をうしろから羽交い締めにしている。

「先生……っ」

 わき腹のあたりに強く絡みついている彼の腕をガシリとつかんで引き離そうとするものの、どれだけ力を入れてもビクともしなかった。
 このあと何をされるのか容易に想像がつくので、腕から逃れるべくあきらめずに奮闘する。

「や……っ。いやです、先生」

 身をよじって拘束をゆるめようと試みる。しかしやはりジェラルドの腕はエリスを放そうとしない。腕の先が、こぢんまりとしたふたつのふくらみへと向かった。

「……っあ! やめて、ください!」
「大きくしてやると言っただろう」

 エリスは「ぅっ」と小さくうめき、うつむいた。あるのかないのかわからない主張の弱い胸を両方とも手のひらで覆われ、揉みまわされている。
 首を何度も横に振りながらエリスはなおも抵抗する。

「こんな……んっ、大きく、なんて」

 いくら揉んだところで胸はさして大きくならない。そんなことはとうの昔に自分で試しているし、効果がないことも実証済みだ。
 捕らわれてなすすべなく小さく暴れる華奢なエリスの耳もとにジェラルドが顔を寄せる。

「自分でするのと他人にされるのでは効果が多少は異なる。感じているのなら、尚更」

 エリスがあきらめきっているのを見越した発言だ。

「ぁ……っ!」

 紺色の看護服は節くれだった手に揉みくちゃにされてシワだらけだ。伯爵からあてがわれたこの服は生地が上等なので、彼が手を放せばシワは伸びる。したがってのちの業務に支障はないのだが、そういうことではない。医者が、診察室で、看護助手の小さな胸を揉みしだいているのは大問題だ。そしてそれを気持ちがいいと感じてしまっている自分自身も。
 官能的に反応する体を否定するべく、いっそう大きく首を左右に何度も動かした。

「ち、が……っ。感じて、なんか……!」

 ――嘘だ。
 本当はもどかしくてたまらない。絶妙な加減で服のなかのシュミーズが乳頭をこすっている。それがチリチリとした微細な快感を生み出していてたまらないのだ。じかに、もっと明確に触れてほしいとつい願ってしまう。

(わたし……こんなふうじゃなかったのに)

 ジェラルドにこうして性的なところをまさぐられるのは初めてではない。初めのころは、本当に嫌だった。それなのにいまはどうだ。

「は、ぁ……っ」

 自分でも驚くような甘い声がひとりでに出てくる。信じられない。

「ぁ、あっ」

 彼の手をつかんでいられなくなった。服の上から異常な的確さで敏感なトゲをガリガリと引っかかれている。
 嫌だ、止めてと抵抗していたはずなのに、どんどん流されていく。快楽の深みへといともたやすく誘《いざな》われ、はまり込んでしまう。

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