伯爵は肉欲旺盛なお医者さま 《 第一章 01

 第一印象は最悪だった。もとよりジェラルドについて先輩のメイドたちはよくは言っていなかったので、先入観もあるのかもしれない。

『無愛想でぶっきらぼう。少しのミスでも首を切られる』

 そんなふうに聞いていたら初めから萎縮してしまう。なるべくジェラルドとは関わりのない仕事に携わりたかったのだが、ほかのメイドたちから仕事を押しつけられる形で彼の身のまわりの世話を任された。
 それはエリスが18歳、ジェラルドが23歳のときの話――。


「きみはなにもするな」

 初めて彼の執務室を訪ねたときに言われたのがそれだ。「本日から身のまわりのお世話をさせていただきますエリス・ヴィードナーです」と挨拶をしただけでまだなにもしていなかった。

(はなから信用できないってこと? でもなにもさせてもらえないんじゃ信用してもらう術がない)

 傍若無人で傲慢な男だと噂される彼に会うまでは戦々恐々としていたが、いざ面と向かってしまえばそれほど怖くはなかった。ジェラルドの面立ちは口調に似つかわしくない。黙っていればさほど棘はなく、なにより眉目秀麗だった。艶めいた金の髪と透き通る翡翠色の瞳は絵本に出てくる正義の貴公子のようだ。鼻筋はまごうことなく一直線に通っている。くっきりとした二重まぶたはほほえめばさぞ優しい印象になるのだろう。

(――って、見惚れてる場合じゃないわ)

 元来勝気な性格のエリスは初めから足蹴にされて黙ってはいられない。

「お言葉ですがご主人様、なにもしないわけにはいきません。メイド頭は私にほかの仕事を与えてくれません。仕事をしていないという理由で解雇されては困りますからせめてお部屋の掃除はさせていただきます。物の位置は動かしませんのでご安心ください」

 執務机に座って書き物をしていたジェラルドの手が止まる。彼が顔を上げた。初めて目が合う。

「ずいぶんと活きがいいな。……そんなふうに口ごたえされたのは初めてだ。名はなんだ?」
「エリス・ヴィードナーです。先ほども申し上げました」
「名前くらい覚えておけと言いたいのか。小生意気なやつだな」

 はっきりと嘲笑だとわかる顔つきになったジェラルドは腕を組んで椅子の背もたれに体をあずけた。

「好きにしろ。ただし部屋の物は掃除のあと数ミリもたがえずもとの場所に戻せ。さあ、すぐに始めろ」
「……かしこまりました。掃除用具を取って参ります」

 エリスはくるりときびすを返して執務室をあとにした。掃除用具一式を手に執務室へ戻るとそこにはまだジェラルドがいた。本来ならば主が不在のときに部屋の掃除をするものなのだが、彼は自分のことがよほど信用ならないのだろう。

(心配しなくてもなにも盗ったりしない。物を勝手に動かしたりなんかしないのに)

 メイド頭から一通りのことは教わっているし、仕事のやり方はノートに書き留めて何度も読み返し復習した。それでも実践するとなると失敗はつきものだとは思うが、そこ慎重に事を運べば補えるはずだ。

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