宿舎の自室へ帰り着いたエリスは私服に着替えて出掛けた。行き先は伯爵邸の隣にある図書館だ。
ジェラルドとその母、クレア・アッカーソン侯爵夫人は二人とも医者でかつ大層な読書家なのだという。そういうわけで伯爵邸に隣接させる形で図書館を建立し、使用人を含め領民に解放している。
その図書館に足を運ぶのは初めてだ。なんでも、王都にある王立図書館に似せた造りなのだという。医者が建てた図書館となればさぞ医学書が充実していることだろう。
正門を抜けてアプローチを歩き、ステンドグラスがじつに鮮やかなバラ窓を眺めながら図書館の中へ入る。
館内は円筒形の吹き抜けになっていた。カーブした壁に本が並べられ、各階へはらせん階段でのぼる造りだ。
「あら、エリスじゃない。珍しいのね」
「リリアナ、お疲れ様」
図書館のカウンターにいたのは同期の新人メイドであるリリアナだ。この図書館のカウンター業務は伯爵邸の使用人が当番制で担っている。
「……ん?」
ふとカウンターの隅に目が止まる。そこには羽根がついた熊の銅像が置いてあった。
「この銅像はなに?」
「さあ、わからないわ。ついさっきローゼンラウス侯爵ご夫妻がいらして、ここに置いて欲しいとおっしゃって……。失礼だけど、なんだかヘンテコな銅像よね」
リリアナは美しい白金の前髪をうっとおしそうにかきあげた。エリスは「うーん」とうなりながら腕を組み銅像を見つめる。
「……ずっと見ていたら、愛らしいような気がしてきた。へんね」
「ええっ、へんよ。どこからどう見てもブサイクじゃない。ところでエリス、なにしに来たの?」
「ああ、そうだった。医学書を探してるの」
「ふうん。……ジェラルド様のお言いつけで?」
「いいえ、違うわ。私の仕事は相変わらず掃除だけ」
執務室での読書は仕事のうちに入らないだろう。それに、同僚には勤務中に本を読んでいるのだとは何となく言いづらい。
「……そう。医学書の棚は最上階とそれからそのすぐ下の階よ」
「ありがとう、リリアナ」
「ごゆっくりどうぞ」
エリスは軽快な足取りでらせん階段をのぼった。円周はそれほど長くないので最上階まではすぐだった。
(いい眺め)
階下を見下ろす。吹き抜けになっているので見通しがよく、カウンターの上に置いてあるあの銅像もここからよく見える。羽根が生えた熊の銅像はすさまじい存在感だ。悪く言えば浮いている。
(さて、どんなものを読もうかしら)
ひとえに医学書といってもジャンルは様々だ。ふだんは伝記くらいしか読まない。こういう専門書を自分が読む日が来るとは夢にも思っていなかった。異国の偉人の言葉を借りるなら、その道に入らんと思う心こそ我が身ながらの師匠なりけれというわけだ。
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ジェラルドとその母、クレア・アッカーソン侯爵夫人は二人とも医者でかつ大層な読書家なのだという。そういうわけで伯爵邸に隣接させる形で図書館を建立し、使用人を含め領民に解放している。
その図書館に足を運ぶのは初めてだ。なんでも、王都にある王立図書館に似せた造りなのだという。医者が建てた図書館となればさぞ医学書が充実していることだろう。
正門を抜けてアプローチを歩き、ステンドグラスがじつに鮮やかなバラ窓を眺めながら図書館の中へ入る。
館内は円筒形の吹き抜けになっていた。カーブした壁に本が並べられ、各階へはらせん階段でのぼる造りだ。
「あら、エリスじゃない。珍しいのね」
「リリアナ、お疲れ様」
図書館のカウンターにいたのは同期の新人メイドであるリリアナだ。この図書館のカウンター業務は伯爵邸の使用人が当番制で担っている。
「……ん?」
ふとカウンターの隅に目が止まる。そこには羽根がついた熊の銅像が置いてあった。
「この銅像はなに?」
「さあ、わからないわ。ついさっきローゼンラウス侯爵ご夫妻がいらして、ここに置いて欲しいとおっしゃって……。失礼だけど、なんだかヘンテコな銅像よね」
リリアナは美しい白金の前髪をうっとおしそうにかきあげた。エリスは「うーん」とうなりながら腕を組み銅像を見つめる。
「……ずっと見ていたら、愛らしいような気がしてきた。へんね」
「ええっ、へんよ。どこからどう見てもブサイクじゃない。ところでエリス、なにしに来たの?」
「ああ、そうだった。医学書を探してるの」
「ふうん。……ジェラルド様のお言いつけで?」
「いいえ、違うわ。私の仕事は相変わらず掃除だけ」
執務室での読書は仕事のうちに入らないだろう。それに、同僚には勤務中に本を読んでいるのだとは何となく言いづらい。
「……そう。医学書の棚は最上階とそれからそのすぐ下の階よ」
「ありがとう、リリアナ」
「ごゆっくりどうぞ」
エリスは軽快な足取りでらせん階段をのぼった。円周はそれほど長くないので最上階まではすぐだった。
(いい眺め)
階下を見下ろす。吹き抜けになっているので見通しがよく、カウンターの上に置いてあるあの銅像もここからよく見える。羽根が生えた熊の銅像はすさまじい存在感だ。悪く言えば浮いている。
(さて、どんなものを読もうかしら)
ひとえに医学書といってもジャンルは様々だ。ふだんは伝記くらいしか読まない。こういう専門書を自分が読む日が来るとは夢にも思っていなかった。異国の偉人の言葉を借りるなら、その道に入らんと思う心こそ我が身ながらの師匠なりけれというわけだ。