伯爵は肉欲旺盛なお医者さま 《 第一章 08

 ごくりと喉を鳴らし、エリスはメイド服を脱いでいった。引き戸を開け、控えめすぎる胸を隠しながらひたひたと歩き椅子に腰掛けるジェラルドに近づく。

(ご主人様の体を洗えばいいのよね……?)

 手近にあったバススポンジを石けんで泡立てて床に膝をつき、そっと広い背中にあてがう。すると薔薇の香りがふわりと広がった。

(……どこまで洗えばいいの)

 背中ばかり洗っているわけにはいかないが、このままの状態で前を洗うには彼に抱きつくような恰好になってしまう。かといってジェラルドの真正面にまわり込むのは憚《はばか》られる。自ら裸を見せに行くようなものだ。

(このままやるしかない。幸い胸は大して邪魔にならないし)

 エリスは意を決して彼の胸のほうへ片腕をまわした。バススポンジを手探りで肌に添わせる。懸命に彼を洗う。

「――っ!!」

 床についていた膝が滑ってしまったのかと初めは思った。しかしそうではなかった。エリスはジェラルドに腕を引っ張られて前のめりになった。彼の背に肌が密着する。ジェラルドに後ろから抱きついている状態だ。

「……思った通りの貧乳だ」

 彼のその言葉に顔面の熱が急上昇する。ジェラルドはこちらを振り返って胸を見たわけではない。背に当たる感触で大きさを判断したのだろう。

「ご主人様には関係のないことでしょうっ!?」

 エリスはやけになり、バススポンジを持つ手をせわしなく動かした。

「のんびりしていたら診察時刻が遅れます。無駄口たたいて邪魔するのはやめてくださいっ」
「休診日だから問題ない」
「さっきは忙しいって言ったくせに」

 独り言のようにエリスはつぶやいた。ジェラルドはしばらくなにも言葉を発しなかった。

「……きみに看護助手を命じる。テストに合格すれば、の話だが。夕刻、診察室に来い」

 バススポンジを握るエリスの手が、ピクンと跳ねた。


 ジェラルドの寝室と執務室、それから診察室の掃除を終えたエリスは早足で使用人宿舎へ向かっていた。

(テストに合格すれば看護助手ができる……!)

 じつは少し前からそのポストを狙っていた。現状、ジェラルドは一人で診察を行なっているが、診療規模を考えると看護助手が一人くらいは必要だと思っていた。
 掃除が嫌だというわけではないが、ほかの仕事もやってみたい。今以上のやりがいがあるに違いない。
 テストに合格するためエリスは自室に置いている、図書館で借りた医学書を読んで復習することにした。

「エリス、そんなに急いでどうしたの」

 伯爵邸の裏口のところで声を掛けられた。メイド頭のニーナだ。

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