伯爵は肉欲旺盛なお医者さま 《 第一章 09

「じつは――」

 エリスはテストに合格すれば看護助手ができる旨を説明した。ニーナは「それは大進歩じゃない! あなたをジェラルド様付きにしてよかった。私の目に狂いはなかったわ」と得意げに言い、笑みを深める。

(あ、そういえば……)

 エリスは頭に浮かんだ疑問を彼女にぶつけてみることにした。

「あの、ご主人様の湯浴みをお手伝いするときなのですが――」
「ああ、坊っちゃまは湯浴みは一人でなさるからそこは気にしなくて大丈夫よ」
「そっ……う、ですか。わかりました」

 エリスはニーナに会釈をして伯爵邸を出た。

(やっぱり! 私の貧乳を確かめるためにわざわざ裸で入らせたんだわ。なんて嫌な人なの。こうなったら絶対にテストに合格して目にもの見せてやるんだから)

 両手にこぶしを作って意気込み、エリスは鼻息を荒くして宿舎へと駆けた。


 夕方、診察室を訪ねるとジェラルドはカルテの整理をしていた。休診日だからなのか白衣は羽織っておらず、ドレスシャツにクラヴァットを締め、その上にジレを着ているだけだった。

「ここに座れ。一問でも間違えれば仕置きだ」
「……はい」

 ふだんはジェラルドが座っているであろう椅子に腰を下ろす。机の上には羊皮紙が何枚か置いてあった。手書きで問題が綴られ、そのあとには空白がある。そこが解答欄ということなのだろう。

「ペンをお借りしても?」
「ああ」

 羽根ペンを拝借して問題に取り組む。ジェラルドはというと、腕を組んで窓ぎわにたたずんでいる。
 一問目、二問目と解き進めていく。どうやら記述式の問いばかりだ。こういう場合はどうする、といったような対処方法を解答する。問題は考えていたよりも難しくない。基本的なことを問われている。

(これなら……!)

 エリスは心を弾ませてペン先をスラスラと走らせる。残すところ一問となったところで、ペン先は勢いを失ってピタリと止まった。
 問題の意味が難解すぎてわからない。最後の一問だけはそれまでのものとまったく違っていて、対処方法を記述するものではなかった。見たことのない記号とそれから数字がひたすらに並んでおり、その解を求めよというものだ。

「……解き終わったか?」

 不意に声を掛けられ、ビクリと肩を震わせる。

「い、いえ……その」
「あと10分だ」

 ああ、これはもはや絶望的だ。時間があっても答えが出せそうにない。数式を知らぬことには解など出せるはずもない。

「……終わりました」

 ジェラルドに羊皮紙を差し出す。最後の問いは空白のままだ。

「そのまま待て」

 椅子から立ち上がろうとしていると、彼の方が近づいてきて羊皮紙を受け取った。答案に目を通していく。

(最後は無解答なんだもの。結果はわかりきってる)

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