伯爵は肉欲旺盛なお医者さま 《 第二章 01

 未明に使用人宿舎へ戻ったエリスは倒れ込むように自室のベッドに突っ伏した。
 休診日はエリスにとっても休日だが、どこかへ出かける気にはなれずほとんど寝て過ごす。というのも、休前日は決まってジェラルドに一晩中、彼の旺盛すぎる肉欲に付き合わされるので心身ともにヘトヘトなのだ。
 それでなくても通常業務だけで手一杯だ。人員を増やしてはどうかと提案したこともある。しかし他所者は信用ならないとか何とか言って却下された。

(彼は私のことをどう思ってるの)

 じつは何度かそれを尋ねてみたことがある。けれど、いつもはぐらかされてうやむやになるのだ。
 こんなことを続けていたら結婚なんてできない。このシュバルツ国における女性の結婚適齢期である20歳を迎え、同期のメイドたちは次々と婚姻を決めて職を辞していくというのに。

(どうにかしなくちゃ……。このままじゃ、いけない)

 重く垂れ下がってくるまぶたに抗いはせず、エリスはそのまま目を閉じて眠りに落ちた。


 昼過ぎまで惰眠を貪ったあとは部屋の片付けや洗濯に追われた。夕方、自室の書物机で自分宛ての手紙を確認する。

(……また、きた)

 差出人が書かれていない、異様なまでに真っ赤な封筒はもはやお馴染みだ。どうせろくなことが書かれていないと思うが、一応は封を開けて中身を確認する。

『おまえに生きる価値はない』

 赤い紙の中央になにかの書物を切り刻んで文字が貼り付けられている。いつものことだ。文言は違えど毎度毎度こうだから、ご苦労なことだと思う。
 この悪質な手紙はもう一年以上続いている。一月に一通は必ず届く。エリスは手紙をビリビリと破り捨ててゴミ箱に捨てた。初めのうちはいざというときの証拠になるかも、と考えて保管していたが、こうも定期的に届いては増える一方で、まして不愉快な内容なわけだから引き出しにしまっておくのも馬鹿らしくなった。そういうわけで、赤い手紙は腹いせにビリビリと盛大に破いて即刻処分し、無きものにしている。
 エリスはゆっくりと長く息を吐いて窓の外を見た。まもなく、陽が沈む。


 休日明けの仕事というのはそれだけで憂鬱だ。くわえて、週の初めに必ずやって来る患者のことを思うといっそう気が重くなる――。

「はぃ、そぅなんですぅ。頭が痛くってぇ……」

 週初めの診察室。エリスによく似た亜麻色の髪の女性がジェラルドに向かって甲高い猫なで声を出していた。
 女性の名はコレット。この診察室へやって来る他の患者よりも豪奢なドレスを身にまとっていつもやって来る。おそらく彼女は貴族令嬢だ。自邸に医者を呼びつけずわざわざ通ってくるのは、十中八九ジェラルドが目的だろう。

「では頭痛薬を出しておきます。お大事に」

 コレットには目も向けずジェラルドは淡々とそう言った。彼はどの患者にも愛想はよくない。しかしコレットに対してはことさら無愛想なように見受けられる。ジェラルドも、彼女が仮病を使っていると考えているからかもしれない。

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