惚けた様子でゆっくりと丸椅子から立ち上がるコレットにエリスはジェラルドから指示された頭痛薬を渡し、彼女に付き添って診察室を出た。
「お大事に」
そう声を掛けたあと、待合室から次の患者を連れて来るわけだが、コレットはその合間にいつもなにかしら仕掛けてくる。
「――っ!」
「あらぁ、ごめんなさぁい」
キンキンと頭に響く甲高い声がいまは不快でならない。今日は思いきり足を踏んづけられた。コレットは自身の亜麻色の髪を指でつまみ上げながら素知らぬ顔だ。
(きいっ、腹立つ! 髪の色が私と似てるっていうのも何だか嫌なのよね。彼女のほうがツヤツヤだし)
なにかと癪だが、ここでこちらまで敵意をむき出しにするわけにはいかない。エリスは引きつった笑みを浮かべて「いいえ、お気になさらず」と言い何とか取り繕った。
コレットは首もとの赤いチョーカーを指で撫で付けて「ふふっ」と嘲笑した。彼女には毎回、足を踏まれたり鞄をぶつけられたりと散々な目に合わされている。彼女の首を飾る真っ赤なチョーカーはあの手紙の色と同じだ。嫌がらせの赤い手紙もこの女性の仕業なのでは、とつい疑ってしまう。しかし根拠はないので問いただしたりはできない。いつか尻尾をつかんでやる! と考えたこともあったけれど、よけいな揉め事を起こしてさらに仕事が忙しくなるのも御免だから、静かに耐えることにしている。
屋敷を出て行くコレット嬢の後ろ姿を尻目にエリスは待合室へ向かい、次の患者を診察室に案内した。
診察の合間、昼休み。使用人専用の食堂で手早く昼食を済ませたエリスは診察室の隣にある準備室で長机に男性の絵姿をズラリと並べていた。
仲人を副業にしている友人に送ってもらったものだ。エリスは腕を組み「うーん」とうなる。
正直なところ見た目はあまり気にならない。いや、むしろ見目は麗しくないほうがいいとさえ思ってしまう。身近に性悪の美形がいるせいだ。
(結婚するならやっぱり性格が大事よ!)
相手もそうであって欲しい。貧乳、などと馬鹿にしてくる男性は論外だ。
(……先生とは正反対の人がいい)
そう思うのと同時にどうしてか息苦しくなった。お腹を細い針でつつかれているようだった。チクチクと痛む。
エリスは腕組みをしたままぶんぶんと首を横に振った。
(さっさとお見合いのスケジュールを組んでしまおう)
机上の絵姿に手を伸ばしたときだった。エリスがつかむよりも先にすべての絵姿が後ろから伸びてきた大きな手のひらにかすめ取られる。
「えっ!?」
四枚の絵姿を右から順にかき集め、ジェラルドはそれをまずは縦方向に両手を使ってビリリと破き、それから横方向にも破いてぐちゃぐちゃにした。
「なっ、なにするんですか!」
「そっちこそ、勤務中になにをしている」
「いまは休憩中ですっ。……あぁ、せっかく送ってもらったのに」
バラバラになって床に落ちていった絵姿の破片を、膝を折って拾い集める。
「――そんなに結婚したいのなら俺とすればいい」
頭上から降ってきた声は独り言のように小さかった。
紙片を拾うエリスの手が止まる。その目は見開き、驚きに満ちている。
「そ、れって……その」
発した声は震えていた。顔が上げられない。
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「お大事に」
そう声を掛けたあと、待合室から次の患者を連れて来るわけだが、コレットはその合間にいつもなにかしら仕掛けてくる。
「――っ!」
「あらぁ、ごめんなさぁい」
キンキンと頭に響く甲高い声がいまは不快でならない。今日は思いきり足を踏んづけられた。コレットは自身の亜麻色の髪を指でつまみ上げながら素知らぬ顔だ。
(きいっ、腹立つ! 髪の色が私と似てるっていうのも何だか嫌なのよね。彼女のほうがツヤツヤだし)
なにかと癪だが、ここでこちらまで敵意をむき出しにするわけにはいかない。エリスは引きつった笑みを浮かべて「いいえ、お気になさらず」と言い何とか取り繕った。
コレットは首もとの赤いチョーカーを指で撫で付けて「ふふっ」と嘲笑した。彼女には毎回、足を踏まれたり鞄をぶつけられたりと散々な目に合わされている。彼女の首を飾る真っ赤なチョーカーはあの手紙の色と同じだ。嫌がらせの赤い手紙もこの女性の仕業なのでは、とつい疑ってしまう。しかし根拠はないので問いただしたりはできない。いつか尻尾をつかんでやる! と考えたこともあったけれど、よけいな揉め事を起こしてさらに仕事が忙しくなるのも御免だから、静かに耐えることにしている。
屋敷を出て行くコレット嬢の後ろ姿を尻目にエリスは待合室へ向かい、次の患者を診察室に案内した。
診察の合間、昼休み。使用人専用の食堂で手早く昼食を済ませたエリスは診察室の隣にある準備室で長机に男性の絵姿をズラリと並べていた。
仲人を副業にしている友人に送ってもらったものだ。エリスは腕を組み「うーん」とうなる。
正直なところ見た目はあまり気にならない。いや、むしろ見目は麗しくないほうがいいとさえ思ってしまう。身近に性悪の美形がいるせいだ。
(結婚するならやっぱり性格が大事よ!)
相手もそうであって欲しい。貧乳、などと馬鹿にしてくる男性は論外だ。
(……先生とは正反対の人がいい)
そう思うのと同時にどうしてか息苦しくなった。お腹を細い針でつつかれているようだった。チクチクと痛む。
エリスは腕組みをしたままぶんぶんと首を横に振った。
(さっさとお見合いのスケジュールを組んでしまおう)
机上の絵姿に手を伸ばしたときだった。エリスがつかむよりも先にすべての絵姿が後ろから伸びてきた大きな手のひらにかすめ取られる。
「えっ!?」
四枚の絵姿を右から順にかき集め、ジェラルドはそれをまずは縦方向に両手を使ってビリリと破き、それから横方向にも破いてぐちゃぐちゃにした。
「なっ、なにするんですか!」
「そっちこそ、勤務中になにをしている」
「いまは休憩中ですっ。……あぁ、せっかく送ってもらったのに」
バラバラになって床に落ちていった絵姿の破片を、膝を折って拾い集める。
「――そんなに結婚したいのなら俺とすればいい」
頭上から降ってきた声は独り言のように小さかった。
紙片を拾うエリスの手が止まる。その目は見開き、驚きに満ちている。
「そ、れって……その」
発した声は震えていた。顔が上げられない。