伯爵は肉欲旺盛なお医者さま 《 第二章 04

「――久しぶり。座れよ」

 赤茶色の短い髪は二年前と変わらずだ。5歳年上の幼なじみ、アゼルに促され、エリスは彼の向かいに腰掛ける。

「元気にしてた? アゼル」
「まあぼちぼちかな」

 机の上の紙束を隅に寄せながらアゼルは言った。彼はこの町の店という店をすべて経営している実業家だ。アゼルは昔からこうして彼自身が経営する店で仕事をしていることが多かった。

「そう。変わりないようでよかった。……あ、ありがとうございます」

 店員が運んできた紅茶を受け取りエリスはほほえむ。アゼルはエリスを無遠慮にじいっと見つめていた。

「……おまえがいなくて寂しかった」

 さっそく紅茶を飲もうとカップに伸ばした手がぴたりと止まる。

(えっ?)

 彼はそういうことを――自分の感情を素直に言うタイプの男だっただろうか。エリスは戸惑いをあらわにしてアゼルに視線を据える。

「おまえがこの町からいなくなってわかった。俺、おまえのことが好きなんだって」

 彼の頬は赤みを帯びている。

「おまえが戻ってきたら言おうと思ってたことが他にもある。……俺と、結婚してくれ」
「――!」

 状況に頭がついていかない。

(え、えっ!? いま、私……求婚されてる?)

 言葉が出てこない。どう返事をすればよいのか自分自身わからないから、声の発しようがない。

「ヒューヒュー! 男を見せたな、アゼル坊ちゃん」

 聞き耳を立てていたのか、店内から冷やかしの歓声が聞こえてきた。

「いい加減に坊ちゃんはやめてくれ! まったく……」

 アゼルは赤茶色の髪をガシガシとかいている。

(アゼルと、結婚……?)

 見た目は普通――いや、いい方なのかもしれない。彼のことは幼い頃から知っている上に、最近は美形の主人を見慣れてしまったせいでもはや基準がよくわからない。
 性格は真面目で温厚。彼が激昂しているところなんか見たことがないし、人当たりもよい。皆に愛されている。

(結婚するなら彼みたいな人が理想的じゃない。この町にずっといられるし)

 見合いをしようと思っていたエリスには願ってもない、よい話だ。
 しかしあまりにも突然のことで、戸惑いは拭えない。
 エリスが困惑しているのを気取ったらしいアゼルが穏やかに語りかけてくる。

「この町にはあとどれくらい居る?」
「い、一週間……」
「返事はいますぐじゃなくていい。一週間後にまた訊く。だから考えておいてくれ」

 エリスは開きかけた口をゆっくりと一文字に引き結び、言葉なくこくりとうなずいた。

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