アゼルに突然の求婚をされたエリスはひどく悩んだ。条件的には申し分ない。しかし好きでもないのに条件だけで結婚を決めてしまうのはアゼルに失礼だ。
(でも……これから好きになるかもしれない)
そう思うのと同時になぜかジェラルドの顔が浮かぶ。
(ああっ、もう! 先生のことは忘れなくちゃ)
この二年、ほとんど四六時中彼と一緒にいたせいかついジェラルドのことを考えてしまう。肉ばかり食べているのではないか。彼は放っておくと肉ばかり食べて栄養バランスが悪くなるのだ。
(もう、いや……)
一度考え始めると次から次に気になることが湧き出てくる。
エリスはベッドから起き上がり窓のカーテンを開けた。ここ数日は雨続きだ。
悶々とした心の内を映したような雨雲を見上げ、エリスはため息をついた。
休暇の最終日。アゼルの求婚から一週間後。
「えっ、トンネルが……!?」
「そう、長雨で崩落した。復旧には少し時間がかかる」
アゼルはエリスが淹れた紅茶をすすった。
この町の主要路であるトンネルが、雨に流された土砂で塞がれてしまって通行できないのだという知らせをもってアゼルはエリスの家にやって来た。彼の用件がそれだけでないのはエリスもわかっている。
「いまは雨が上がっているから、明日には復旧するだろう。山を歩いて迂回するよりも早いはずだ。だからいまは無理に発とうとせず、一日待っているほうがいいと思う」
「そう、ね……」
彼の向かいのソファに座ったエリスは両方の人差し指を膝の上で絡め合わせていた。
(早く、言わなくちゃ)
考え抜いた答えを彼に告げなければならない。しかしなかなか言い出せない。きっとまだ迷いがあるせいだ。
エリスの様子をジッと観察したあと、アゼルはグイッといっきにカップを煽って紅茶を飲み干した。
「返事はおまえが発つ直前でいい。明日、また来るよ。じゃあ俺はこれで」
「あ……う、うん」
――未明。
蹄の音が聞こえたような気がして目が覚めた。
(こんなに朝早く……まだ陽も昇っていないのに、誰だろう)
道を馬で走る誰かを、寝ぼけた頭でぼんやりと考える。
それから間もなくのことだった。玄関のドアノッカーが鳴った。
エリスはのそりと起き上がる。両親の寝室は奥まったところにあるのでおそらくドアノッカーが鳴らされたことに気がついていないだろう。エリスにしても、目覚めていなかったら聞き逃していたかもしれない。
寝間着の上にブランケットを羽織り、玄関扉を開ける。小さな田舎町だ。不審者ではないだろう。そう思ってすぐに扉を開けたのだが――。
エリスは口をぽかんと開けて唖然とした。
「約束の一週間は過ぎた。いつまで休んでいるつもりだ」
眉間にシワを寄せ、三割増しで不機嫌な顔をしたジェラルドがそこにいた。いつもの執務服の上には白衣ではなく裾の長い外套を着ている。
「だ、だって……トンネルが崩落して、それで――って、先生はどうやってここに来たんですか? それにどうしてここが……」
「きみの実家の住所くらい把握している。荷物はどこだ。帰るぞ。早く着替えろ」
そう言うなりジェラルドは招き入れてもいないのに家の中へズカズカと入って来た。
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(でも……これから好きになるかもしれない)
そう思うのと同時になぜかジェラルドの顔が浮かぶ。
(ああっ、もう! 先生のことは忘れなくちゃ)
この二年、ほとんど四六時中彼と一緒にいたせいかついジェラルドのことを考えてしまう。肉ばかり食べているのではないか。彼は放っておくと肉ばかり食べて栄養バランスが悪くなるのだ。
(もう、いや……)
一度考え始めると次から次に気になることが湧き出てくる。
エリスはベッドから起き上がり窓のカーテンを開けた。ここ数日は雨続きだ。
悶々とした心の内を映したような雨雲を見上げ、エリスはため息をついた。
休暇の最終日。アゼルの求婚から一週間後。
「えっ、トンネルが……!?」
「そう、長雨で崩落した。復旧には少し時間がかかる」
アゼルはエリスが淹れた紅茶をすすった。
この町の主要路であるトンネルが、雨に流された土砂で塞がれてしまって通行できないのだという知らせをもってアゼルはエリスの家にやって来た。彼の用件がそれだけでないのはエリスもわかっている。
「いまは雨が上がっているから、明日には復旧するだろう。山を歩いて迂回するよりも早いはずだ。だからいまは無理に発とうとせず、一日待っているほうがいいと思う」
「そう、ね……」
彼の向かいのソファに座ったエリスは両方の人差し指を膝の上で絡め合わせていた。
(早く、言わなくちゃ)
考え抜いた答えを彼に告げなければならない。しかしなかなか言い出せない。きっとまだ迷いがあるせいだ。
エリスの様子をジッと観察したあと、アゼルはグイッといっきにカップを煽って紅茶を飲み干した。
「返事はおまえが発つ直前でいい。明日、また来るよ。じゃあ俺はこれで」
「あ……う、うん」
――未明。
蹄の音が聞こえたような気がして目が覚めた。
(こんなに朝早く……まだ陽も昇っていないのに、誰だろう)
道を馬で走る誰かを、寝ぼけた頭でぼんやりと考える。
それから間もなくのことだった。玄関のドアノッカーが鳴った。
エリスはのそりと起き上がる。両親の寝室は奥まったところにあるのでおそらくドアノッカーが鳴らされたことに気がついていないだろう。エリスにしても、目覚めていなかったら聞き逃していたかもしれない。
寝間着の上にブランケットを羽織り、玄関扉を開ける。小さな田舎町だ。不審者ではないだろう。そう思ってすぐに扉を開けたのだが――。
エリスは口をぽかんと開けて唖然とした。
「約束の一週間は過ぎた。いつまで休んでいるつもりだ」
眉間にシワを寄せ、三割増しで不機嫌な顔をしたジェラルドがそこにいた。いつもの執務服の上には白衣ではなく裾の長い外套を着ている。
「だ、だって……トンネルが崩落して、それで――って、先生はどうやってここに来たんですか? それにどうしてここが……」
「きみの実家の住所くらい把握している。荷物はどこだ。帰るぞ。早く着替えろ」
そう言うなりジェラルドは招き入れてもいないのに家の中へズカズカと入って来た。