「ちょっ! 勝手に入らないでください」
「きみの部屋はこっちか」
うっかり部屋の扉を開けっぱなしだったのですぐに私室の場所を勘付かれてしまった。
「ま、待ってください先生。いまからお屋敷に戻るんですか? というか、本当にどうやっていらしたんですか。まだトンネルは塞がったままのはず」
「いいから、早く」
ジェラルドはエリスの寝間着を脱がせにかかる。
「やっ、やだ」
「あまり騒ぐときみの両親が起きてしまうんじゃないか」
「――っ」
エリスは押し黙る。この状況をどう説明すればよいのだ。
「休暇を過ぎても帰って来ないきみが悪いんだ。さっさと準備しろ」
「……わかりました」
もともと荷物はまとまっていたから着替えるだけだった。両親には家を発つ旨の書き置きを残し、玄関から外へ出る。すると近くの木に黒い馬がつながれていた。
「乗れ」
あからさまに驚いているエリスをジェラルドは抱え上げる勢いで馬に乗せた。彼もまた馬にまたがる。
どうやらジェラルドは馬で山を迂回してやって来たらしい。トンネルを通りかかったが、やはりまだ復旧していなかった。
「先生、乗馬なんてできたんですね」
彼の背とのあいだに自分の荷物を挟んでしがみつく。馬の進むスピードは早く、山道は平坦ではないので大いに揺れる。振り落とされないようにそうするしかない。
ジェラルドが狩に行くところを見たことがなかったので、てっきり彼は乗馬ができないのだと思っていた。
「あまり好きではないが……幼いころ兄に無理やり連れ出されて仕込まれた」
「そうなんですか」
山道を行き始めてそろそろ小一時間になる。あたりはいまだに薄暗い。夜は明けたようだが曇っているせいで視界はあまりよくない。主に木こりが使う山道は凸凹は多いが獣道というわけではないので迷いはしない。
「あの……診察、は……」
「母さんに頼んだ。あっちはあっちで患者を抱えているから、かなりの負担になっているだろうな」
ここは謝るべきところだろうか。迎えに来てくれと頼んだわけではないが、休暇の期限を過ぎてしまったのには違いない。
「……申し訳ございませんでした」
「……ん」
うなるような返事に怒気は感じられない。
(休暇を過ぎても私が帰らないことに怒って迎えに来たんじゃないの?)
エリスはジェラルドの外套をつかむ指先にキュッと力を込めた。
山を抜けて隣町に差し掛かったときだった。黒い雲から落ちてきた雨粒が頬を打つ。本降りになるまでに時間はかからなかった。
「――ここで雨を凌ごう」
ずぶ濡れになった二人が身を寄せたのは東洋の果てにある島国、陽国《ようこく》の建物を模した宿だった。幸い部屋に空きがあり、馬から下りて休むことができた。
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「きみの部屋はこっちか」
うっかり部屋の扉を開けっぱなしだったのですぐに私室の場所を勘付かれてしまった。
「ま、待ってください先生。いまからお屋敷に戻るんですか? というか、本当にどうやっていらしたんですか。まだトンネルは塞がったままのはず」
「いいから、早く」
ジェラルドはエリスの寝間着を脱がせにかかる。
「やっ、やだ」
「あまり騒ぐときみの両親が起きてしまうんじゃないか」
「――っ」
エリスは押し黙る。この状況をどう説明すればよいのだ。
「休暇を過ぎても帰って来ないきみが悪いんだ。さっさと準備しろ」
「……わかりました」
もともと荷物はまとまっていたから着替えるだけだった。両親には家を発つ旨の書き置きを残し、玄関から外へ出る。すると近くの木に黒い馬がつながれていた。
「乗れ」
あからさまに驚いているエリスをジェラルドは抱え上げる勢いで馬に乗せた。彼もまた馬にまたがる。
どうやらジェラルドは馬で山を迂回してやって来たらしい。トンネルを通りかかったが、やはりまだ復旧していなかった。
「先生、乗馬なんてできたんですね」
彼の背とのあいだに自分の荷物を挟んでしがみつく。馬の進むスピードは早く、山道は平坦ではないので大いに揺れる。振り落とされないようにそうするしかない。
ジェラルドが狩に行くところを見たことがなかったので、てっきり彼は乗馬ができないのだと思っていた。
「あまり好きではないが……幼いころ兄に無理やり連れ出されて仕込まれた」
「そうなんですか」
山道を行き始めてそろそろ小一時間になる。あたりはいまだに薄暗い。夜は明けたようだが曇っているせいで視界はあまりよくない。主に木こりが使う山道は凸凹は多いが獣道というわけではないので迷いはしない。
「あの……診察、は……」
「母さんに頼んだ。あっちはあっちで患者を抱えているから、かなりの負担になっているだろうな」
ここは謝るべきところだろうか。迎えに来てくれと頼んだわけではないが、休暇の期限を過ぎてしまったのには違いない。
「……申し訳ございませんでした」
「……ん」
うなるような返事に怒気は感じられない。
(休暇を過ぎても私が帰らないことに怒って迎えに来たんじゃないの?)
エリスはジェラルドの外套をつかむ指先にキュッと力を込めた。
山を抜けて隣町に差し掛かったときだった。黒い雲から落ちてきた雨粒が頬を打つ。本降りになるまでに時間はかからなかった。
「――ここで雨を凌ごう」
ずぶ濡れになった二人が身を寄せたのは東洋の果てにある島国、陽国《ようこく》の建物を模した宿だった。幸い部屋に空きがあり、馬から下りて休むことができた。