休暇を終えて伯爵邸に戻ったエリスは自室で二通の手紙をしたためていた。両親と、それから幼なじみのアゼルに宛てたものだ。アゼルには求婚の返事をせずに町を出てしまったものの、彼に対する返事は変わっていない。求婚を丁重にお断りする文面を書き綴り、エリスは手紙に封をした。
(こんな穢れた体じゃ、結婚なんて無理よ)
乙女ではないというのはアゼルは気にしないかもしれない。しかしそれが『穢れ』ではないのだ。快楽を覚え込まされ、あっという間に淫行に悶えて堕ちてしまう体では相手に失礼だ。アゼルにはもっと純粋な相手のほうが似合いだ。
二通の手紙を手にエリスは自室を出た。宿舎では使用人たちが差し出す手紙をまとめておく場所があり、三日単位の当番制で一人が手紙を回収して郵便局へ持っていくことになっている。この当番制にはエリスも参加しており、およそ一ヵ月で当番が回ってくる。
(今日の締め切りに時刻に間に合うかしら)
もうじき手紙の回収時刻だ。担当者が皆が皆、あらかじめ決められた時刻にぴったりと手紙を回収しているわけではない。それぞれの業務の都合で動いている。
エリスは足早に宿舎の廊下を歩き、玄関に置いてある回収箱を目指した。
「――あっ、リリアナ!」
今日の書簡係はリリアナのようだ。回収箱の鍵を開けようとしているリリアナの姿を見つけたエリスは彼女に駆け寄った。
「間に合ってよかった。リリアナ、これもお願い」
「はいはい。……あら、一つは男の人宛てじゃない。ははぁん、休暇中になにかあったわね?」
リリアナはしたり顔でニヤニヤと口もとをほころばせている。
「べ、べつになにもないよ……。そういうリリアナはどうなの?」
「私だって何にもないわよ。ま、好きな人はいるけど」
「そうなの? いいなぁ、リリアナみたいな美人に好かれたら相手は幸せね。それじゃ、手紙をよろしくね」
「ええ」
お互いにまだ仕事があるので立ち話は早めに切り上げる。
アゼルと結婚することになったのなら報告すべきだが、そうではないので求婚されたことは伏せた。
そういった類のことを話し始めてしまったら、ジェラルドとのことまで話さなければならなくなりそうだからだ。
主人《あるじ》と『そういう』ことをしているのだとは同僚には絶対に知られたくない。きっと軽蔑される。だからいつも、仕事をしていても後ろめたさがつきまとう。
リリアナに背を向けて宿舎の廊下を歩きながらエリスは深いため息をついてうなだれた。
ジェラルドの執務室を掃除すべく掃除用具を持って彼の部屋を訪ねると、ジェラルドは白衣を羽織っているところだった。急患が来たとのことだ。
「私も同行したほうがよろしいですか?」
「いや、いい。きみは掃除をしていろ」
エリスは「はい」と返事をしながら、慌ただしく執務室を出て行くジェラルドを見送り掃除を始める。
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(こんな穢れた体じゃ、結婚なんて無理よ)
乙女ではないというのはアゼルは気にしないかもしれない。しかしそれが『穢れ』ではないのだ。快楽を覚え込まされ、あっという間に淫行に悶えて堕ちてしまう体では相手に失礼だ。アゼルにはもっと純粋な相手のほうが似合いだ。
二通の手紙を手にエリスは自室を出た。宿舎では使用人たちが差し出す手紙をまとめておく場所があり、三日単位の当番制で一人が手紙を回収して郵便局へ持っていくことになっている。この当番制にはエリスも参加しており、およそ一ヵ月で当番が回ってくる。
(今日の締め切りに時刻に間に合うかしら)
もうじき手紙の回収時刻だ。担当者が皆が皆、あらかじめ決められた時刻にぴったりと手紙を回収しているわけではない。それぞれの業務の都合で動いている。
エリスは足早に宿舎の廊下を歩き、玄関に置いてある回収箱を目指した。
「――あっ、リリアナ!」
今日の書簡係はリリアナのようだ。回収箱の鍵を開けようとしているリリアナの姿を見つけたエリスは彼女に駆け寄った。
「間に合ってよかった。リリアナ、これもお願い」
「はいはい。……あら、一つは男の人宛てじゃない。ははぁん、休暇中になにかあったわね?」
リリアナはしたり顔でニヤニヤと口もとをほころばせている。
「べ、べつになにもないよ……。そういうリリアナはどうなの?」
「私だって何にもないわよ。ま、好きな人はいるけど」
「そうなの? いいなぁ、リリアナみたいな美人に好かれたら相手は幸せね。それじゃ、手紙をよろしくね」
「ええ」
お互いにまだ仕事があるので立ち話は早めに切り上げる。
アゼルと結婚することになったのなら報告すべきだが、そうではないので求婚されたことは伏せた。
そういった類のことを話し始めてしまったら、ジェラルドとのことまで話さなければならなくなりそうだからだ。
主人《あるじ》と『そういう』ことをしているのだとは同僚には絶対に知られたくない。きっと軽蔑される。だからいつも、仕事をしていても後ろめたさがつきまとう。
リリアナに背を向けて宿舎の廊下を歩きながらエリスは深いため息をついてうなだれた。
ジェラルドの執務室を掃除すべく掃除用具を持って彼の部屋を訪ねると、ジェラルドは白衣を羽織っているところだった。急患が来たとのことだ。
「私も同行したほうがよろしいですか?」
「いや、いい。きみは掃除をしていろ」
エリスは「はい」と返事をしながら、慌ただしく執務室を出て行くジェラルドを見送り掃除を始める。