伯爵は肉欲旺盛なお医者さま 《 第三章 03

 ジェラルドの命《めい》を受けてセント・ノースヴィア病院に応援要員として勤めて二週間が過ぎようとしていた。
 伯爵邸からは馬車で小一時間ほどかかるため、エリスは病院の近くの宿に寝泊まりしていた。夜勤もあるので、伯爵邸の宿舎から通勤するのは辛いだろうということでミルズが計らってくれた。
 セント・ノースヴィア病院はじつに効率的な医療を患者に提供していた。すべてが事細かにシステム化されている。じつに効率的だが、患者と話す間すら設けられていない。次から次にひたすら仕事をこなす日々だ。それが、何だか寂しく思えた。無機質な日々だ。貧乳、と馬鹿にされてなにかとちょっかいを出されていたのが遠い昔のことのように感じる。
 疲れ果て、宿に戻りベッドへ潜り込もうとしていたエリスはふと思い立ち、部屋に備え付けてあった書簡道具一式を手に取った。
 手紙の出だしにわずかにためらう。親愛なる――とは書き出せない。

(……先生へ、でいいか)

 飾りの言葉は入れずに宛名を書き、こちらの現状を簡単に記し相手を気遣う文を綴る。

(……この手紙も、あの小箱に入れてくれるかしら)

 手紙を書き終えたエリスは丸椅子から立ち上がり窓のカーテンを開けた。吸い込まれそうなほどの闇空が広がっていた。


「――エリス。ここでずっと働く気はないかい」

 看護助手の控え室で帰り支度をしているときだった。
 セント・ノースヴィア病院の筆頭医師であるアダルバート・ミルズに声を掛けられた。ダークブラウンの髪と瞳は優しげに見えるし口調もそうだが、彼は看護助手にはとても厳しい。この二週間でそれを痛感した。指導方法だけで言えばジェラルドのほうが親切だ。ミルズは精神の奥底をグリグリとえぐるような発言が多い。それも、直接的ではないのがまた堪える。

「たいへんありがたいお誘いですが……。私のご主人様はなかなかに気難しいので……」

 歯切れ悪く断る。理由を明示してきっぱりと断ってしまうのは気まずいし、下手なことを言って後々ミルズとジェラルドの仲が悪くなってしまっても困るので、そうした。
 会釈して控え室を出て行こうとしていると、

「へえ、そう。きみはずいぶんとジェラルドに惚れ込んでいるんだね」

 すれ違いざまに言われ、どきりとする。
 ミルズ先生はどういうつもりでそんなことを言うのだろう。

(まさか……知られてるの?)

 ジェラルドとはただの主従関係ではないのでは、と同僚に尋ねられたことが何度かある。そのたびに頑なに否定してきたし、ジェラルドもまたそうだ。外聞がよいことではないのできっぱりと否定している。しかし如何せん、火のないところに煙は立たない。噂されるような事実が確かにある。
 背徳感に押し潰されそうになる。それでも――どれだけ嘘を重ねても、認めるわけにはいかない。

「ジェラルド様のこと……お医者様として、尊敬しています」

 エリスはほほえみ、「お世話になりました」と謝辞を述べて控え室を出た。

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