セント・ノースヴィア病院の近くの宿で過ごす最後の夜だった。
二週間分の疲労がいっきにやってきたようで、ベッドへ入るなりすぐに眠りに落ちた。そう、眠りが深かった。だから、もしかしたらしばらく気がつかなかったのかもしれない。
誰かに髪や頬を撫でられている、そんな夢を見た。体に感じる重みは生々しく、とても夢だとは思えずしだいに覚醒していく。
「ん――っ!?」
夢ではない、と自覚したとたん口を手のひらで塞がれた。
「静かにしろ、俺だ」
いまいったい何時なのだろう。あたりはまだ暗い。口を押さえてきた男の顔はわからないけれど、声で判別がついてしまうのは我ながらどうかと思う。
「ノックはした。鍵が掛かっていなかったぞ。不用心だろう」
「そうですね、気をつけます。先生みたいな不審者が入って来ちゃいますもんね!」
暗闇の中でもジェラルドが顔をしかめたのが何となくわかった。彼の顔は間近にある。目が闇に慣れてきた。
「主人《あるじ》に向かって不審者とは……相変わらずきみは不躾だな」
「だって本当のことだし」
ジェラルドは仰向けに寝ているエリスの亜麻色の髪をそっと撫でた。憎まれ口とは裏腹に髪を撫でる手つきにはどことなく慈愛を感じる。それがいやに恥ずかしくなってエリスは視線をさまよわせた。
「……診察や執務は、大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけあるか。忙殺されている」
目を凝らすと、彼が目の下にクマを作っているのが読み取れた。エリスはその黒ずみを指でたどる。
「ミルズ先生のところは代わりの看護助手が見つかったそうなので……明日には復帰します。先生のところに」
「……そうか」
ジェラルドは喜ぶでもなにか皮肉を言うでもなくただひたすらエリスの髪を撫でている。エリスもまた彼の目の下に指を添えていた。
ふたりの顔の距離が縮まる。
「つ、疲れているのなら寝てくださいっ」
口づけを予感したエリスは先に待ったをかけた。
「いやだ。わざわざ寝にきたわけじゃない」
「じゃあなにしに来たんですか。言っておきますけど今日も私――」
言葉をさえぎられる。唇を塞がれてしまってはなにも発することができない。それでもエリスはもがく。彼の胸を両手で押してベッドから追い出そうとする。それはさながらキスをしながら縄張り争いをする魚たちのようだ。
「っ、ふ……ぅ、んっ」
唇を割り入ってきた舌は初めから荒々しくエリスのそれを追いまわす。狭い口腔ではとてもではないが逃げきれない。されるがままに舌を絡め合わせる。
「――きみが俺を呼んだんじゃないか」
不意に唇が離れたかと思えば焦燥感のにじんだ声音でジェラルドが言った。エリスはすぐに否定する。
「よ、呼んでません」
「あんな手紙を寄越して……しかもご丁寧に宿と部屋まで明記して」
「急務の際は先生からご連絡をいただけるようにと思っただけです。まさか、いらっしゃるなんて……。――! ちょ、先生」
寝間着の上をゴソゴソと這う両手は明らかに衣服を脱がせようとしている。
「やっ、やだ……私、本当に疲れてるんです。先生だってそうでしょう?」
「だから、するんだ」
「そんな……無茶苦茶です。――っん」
首すじを舌でれろりと舐め上げられ、その熱い感覚にぞくりとわななく。
「……ナカには挿れない」
だからいいだろう、と言わんばかりにジェラルドはエリスの寝間着を乱していく。
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二週間分の疲労がいっきにやってきたようで、ベッドへ入るなりすぐに眠りに落ちた。そう、眠りが深かった。だから、もしかしたらしばらく気がつかなかったのかもしれない。
誰かに髪や頬を撫でられている、そんな夢を見た。体に感じる重みは生々しく、とても夢だとは思えずしだいに覚醒していく。
「ん――っ!?」
夢ではない、と自覚したとたん口を手のひらで塞がれた。
「静かにしろ、俺だ」
いまいったい何時なのだろう。あたりはまだ暗い。口を押さえてきた男の顔はわからないけれど、声で判別がついてしまうのは我ながらどうかと思う。
「ノックはした。鍵が掛かっていなかったぞ。不用心だろう」
「そうですね、気をつけます。先生みたいな不審者が入って来ちゃいますもんね!」
暗闇の中でもジェラルドが顔をしかめたのが何となくわかった。彼の顔は間近にある。目が闇に慣れてきた。
「主人《あるじ》に向かって不審者とは……相変わらずきみは不躾だな」
「だって本当のことだし」
ジェラルドは仰向けに寝ているエリスの亜麻色の髪をそっと撫でた。憎まれ口とは裏腹に髪を撫でる手つきにはどことなく慈愛を感じる。それがいやに恥ずかしくなってエリスは視線をさまよわせた。
「……診察や執務は、大丈夫ですか?」
「大丈夫なわけあるか。忙殺されている」
目を凝らすと、彼が目の下にクマを作っているのが読み取れた。エリスはその黒ずみを指でたどる。
「ミルズ先生のところは代わりの看護助手が見つかったそうなので……明日には復帰します。先生のところに」
「……そうか」
ジェラルドは喜ぶでもなにか皮肉を言うでもなくただひたすらエリスの髪を撫でている。エリスもまた彼の目の下に指を添えていた。
ふたりの顔の距離が縮まる。
「つ、疲れているのなら寝てくださいっ」
口づけを予感したエリスは先に待ったをかけた。
「いやだ。わざわざ寝にきたわけじゃない」
「じゃあなにしに来たんですか。言っておきますけど今日も私――」
言葉をさえぎられる。唇を塞がれてしまってはなにも発することができない。それでもエリスはもがく。彼の胸を両手で押してベッドから追い出そうとする。それはさながらキスをしながら縄張り争いをする魚たちのようだ。
「っ、ふ……ぅ、んっ」
唇を割り入ってきた舌は初めから荒々しくエリスのそれを追いまわす。狭い口腔ではとてもではないが逃げきれない。されるがままに舌を絡め合わせる。
「――きみが俺を呼んだんじゃないか」
不意に唇が離れたかと思えば焦燥感のにじんだ声音でジェラルドが言った。エリスはすぐに否定する。
「よ、呼んでません」
「あんな手紙を寄越して……しかもご丁寧に宿と部屋まで明記して」
「急務の際は先生からご連絡をいただけるようにと思っただけです。まさか、いらっしゃるなんて……。――! ちょ、先生」
寝間着の上をゴソゴソと這う両手は明らかに衣服を脱がせようとしている。
「やっ、やだ……私、本当に疲れてるんです。先生だってそうでしょう?」
「だから、するんだ」
「そんな……無茶苦茶です。――っん」
首すじを舌でれろりと舐め上げられ、その熱い感覚にぞくりとわななく。
「……ナカには挿れない」
だからいいだろう、と言わんばかりにジェラルドはエリスの寝間着を乱していく。