セント・ノースヴィア病院で日夜仕事に励み伯爵邸の使用人宿舎を留守にしているあいだに何通かの手紙が届いていた。
いつもの赤い手紙も含まれていて、こうも定期的に届くと逆に手紙が来ないことのほうに違和感を覚えてしまいそうだ。赤い手紙の主になにかあったのだろうか、と。まあ、それは皮肉だ。
エリスは宿舎の私室の書き物机の前で赤い手紙の中身を薄目で確かめたあとビリビリと破いてゴミ箱に放った。それから他の手紙に目を通す。
不在中に溜まった手紙は何通もあった。そのほとんどは一人の男性からのものだった。郷里の幼なじみ、アゼルだ。
アゼルからの手紙ははとんどが同じ内容だった。「次はいつ帰ってくるのか」という内容から始まり「会って話したい」と変化し、もっとも新しいと思われる手紙には「会いに行く」と記されている。
(えっ……。これって今日じゃない!)
焦るのと同時にコンコンッと部屋の扉が外からノックされた。手紙を手に持ったままあわてて扉を開ける。
「エリス、お客様よ」
宿舎の管理人だった。客間に通しているから、と付け加えて管理人は忙しそうに去っていく。
(たまたまお休みだったからよかったけど)
いや、むしろ仕事の日だったならば体良く帰ってもらえただろうか。
(やだ、なにを失礼なことを考えてるんだろう。せっかく来てくれたのに)
とたんに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。エリスは宿舎内にある客間へと急ぐ。
「――お待たせしました」
客間の扉を素早くノックして開き、中へ入る。アゼルは一人掛けのソファに座っていた。ローテーブルの上には紅茶が入ったカップがふたつ置いてある。宿舎の管理人が淹れてくれたのだろう。エリスはアゼルとは反対側に向かい合って座った。
「ごめんなさい、アゼル。手紙を無視していたわけじゃないの。ここのところは他の仕事でずっと宿舎を留守にしていて、それで――」
眉尻を下げるエリスを見てアゼルは苦笑する。
「いや、おまえが無事でよかった。もしかしてなにかあったのかもしれないと心配していたんだ。不自然に……急にいなくなってしまったから」
アゼルは湯気が立ち込める華奢なカップを手に取り一口だけ紅茶をすすった。それから、深呼吸をしているようだった。
「俺と結婚できない理由が知りたい」
エリスの唇が引き結ばれる。それはエリスがもっとも避けたかった話題だ。しかし彼はそれが聞きたくてここまで来てくれたのだろうとも思う。
すぐには口を割らないエリスにアゼルはじいっと視線を固定する。
「ほかに好きな男でもいるのか?」
問われ、真っ先にジェラルドの顔が浮かんだ。
(なっ、違う! 好きなんかじゃない。あんな、口も性格も悪い男なんて)
いいのは顔と肩書きだけだ。それから――認めたくはないが性行為において非常に巧みなところも。
「私……」
想い人などいないと否定しようと口を開き、しかし思いとどまった。アゼルが納得するような説明をしなければならない。自身の不純な貞操を語ってしまったら芋づる式にジェラルドのことまで話さなければならなくなる。真実は告白できない。そして――幼なじみに軽蔑されたくないという思いが少なからずあった。
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いつもの赤い手紙も含まれていて、こうも定期的に届くと逆に手紙が来ないことのほうに違和感を覚えてしまいそうだ。赤い手紙の主になにかあったのだろうか、と。まあ、それは皮肉だ。
エリスは宿舎の私室の書き物机の前で赤い手紙の中身を薄目で確かめたあとビリビリと破いてゴミ箱に放った。それから他の手紙に目を通す。
不在中に溜まった手紙は何通もあった。そのほとんどは一人の男性からのものだった。郷里の幼なじみ、アゼルだ。
アゼルからの手紙ははとんどが同じ内容だった。「次はいつ帰ってくるのか」という内容から始まり「会って話したい」と変化し、もっとも新しいと思われる手紙には「会いに行く」と記されている。
(えっ……。これって今日じゃない!)
焦るのと同時にコンコンッと部屋の扉が外からノックされた。手紙を手に持ったままあわてて扉を開ける。
「エリス、お客様よ」
宿舎の管理人だった。客間に通しているから、と付け加えて管理人は忙しそうに去っていく。
(たまたまお休みだったからよかったけど)
いや、むしろ仕事の日だったならば体良く帰ってもらえただろうか。
(やだ、なにを失礼なことを考えてるんだろう。せっかく来てくれたのに)
とたんに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。エリスは宿舎内にある客間へと急ぐ。
「――お待たせしました」
客間の扉を素早くノックして開き、中へ入る。アゼルは一人掛けのソファに座っていた。ローテーブルの上には紅茶が入ったカップがふたつ置いてある。宿舎の管理人が淹れてくれたのだろう。エリスはアゼルとは反対側に向かい合って座った。
「ごめんなさい、アゼル。手紙を無視していたわけじゃないの。ここのところは他の仕事でずっと宿舎を留守にしていて、それで――」
眉尻を下げるエリスを見てアゼルは苦笑する。
「いや、おまえが無事でよかった。もしかしてなにかあったのかもしれないと心配していたんだ。不自然に……急にいなくなってしまったから」
アゼルは湯気が立ち込める華奢なカップを手に取り一口だけ紅茶をすすった。それから、深呼吸をしているようだった。
「俺と結婚できない理由が知りたい」
エリスの唇が引き結ばれる。それはエリスがもっとも避けたかった話題だ。しかし彼はそれが聞きたくてここまで来てくれたのだろうとも思う。
すぐには口を割らないエリスにアゼルはじいっと視線を固定する。
「ほかに好きな男でもいるのか?」
問われ、真っ先にジェラルドの顔が浮かんだ。
(なっ、違う! 好きなんかじゃない。あんな、口も性格も悪い男なんて)
いいのは顔と肩書きだけだ。それから――認めたくはないが性行為において非常に巧みなところも。
「私……」
想い人などいないと否定しようと口を開き、しかし思いとどまった。アゼルが納得するような説明をしなければならない。自身の不純な貞操を語ってしまったら芋づる式にジェラルドのことまで話さなければならなくなる。真実は告白できない。そして――幼なじみに軽蔑されたくないという思いが少なからずあった。