こんなことはいままでになかった。淫猥な行いは数知れない。しかし、子ができる可能性のある行為だけは律儀に避けてきたジェラルドだ。
(子どもができたら私は働けなくなってしまうのに)
あるいは、子を成しても堕ろさせるつもりなのだろうか――。
エリスは眉根を寄せて大きく目を見開いた。それだけはどうしても許せないし彼がそれを行うとも思いたくない。どれだけ性格が悪かろうとも医者だ。芽生て間もなくであろうと尊い命なのは確かで、それを無下にするとは考えられない。
「っ、先生!」
唇が離れるなり悲鳴のごとくエリスは叫んだ。あれこれと憶測するばかりでは不毛だから、真意を確かめようと思ったその刹那。脈動とともに蜜洞に満ちていくものをありありと感じた。精を、受けてしまった。
エリスはしばし呆然とジェラルドを見つめる。
「なっ――、なにを考えてるんですかっ!? ご存知ですよね! いまっ、私はっ」
彼の身勝手さに憤りが湧き上がり、舌がもつれ、呼吸も乱れている。血圧はとんでもなく上がっているに違いない。
羞恥とは別の熱で耳まで真っ赤に染まっているエリスを、ジェラルドは下半身をつなぎ合わせたまま彼女とは相反して静かに言う。
「きみにはこれから子作りに専念してもらう」
「……はあっ?」
「俺の子を孕め」
「――っっ!」
視界に涙のヴェールが掛かっていく。彼の発言があまりに唐突で、理解できなくて、とたんに息苦しくなる。
なにを言っているの。
なにを考えているの。
知りたい。ううん、知りたくない。知るのが怖い。
けれどこのままでは先へ進めない。エリスは大きく口を開けて思いきり息を吸い込んだ。空気が乾燥しているのか、咳き込みそうになる。それを何とかこらえてジェラルドに物申す。
「勝手なことばっかり言わないで! 愛人にでもなさるおつもりですかっ? 私、わたしはっ……」
ああ、泣いている場合ではない。いま目の前にいる、不可解な言動をするこの男を叱責してやりたい。
「ぅ、うっ――」
言いたいことがごまんとあるのに、嗚咽ばかりで言葉にならない。ふくれ上がった感情は怒りか悲しみか、わけがわからず涙ばかりがとめどなくこぼれ落ちていく。
「――エリス」
湖面に葉が落ちるように穏やかで静かな声だった。彼の声が頭の中で心地よく波紋する。
それは初めての響き。名を呼ばれたのはこれが初めてだ。
「愛してるんだ、きみのこと。もうずっと前から」
耳を澄ましてやっと聞き取れる、小さな声だった。
「……俺の……唯一無二の妻に、なってくれ」
――ああ。私はこの言葉が聞きたかったのだ。もう、ずっと前から。
ジェラルドは切なげな表情のまま、堰を切ったように想いを吐露する。
「きみに俺の仕事を手伝わせるのは、たんにずっと一緒にいたいからだ。時間を共有していたい。一分一秒たりとも……刹那ですら離れたくない」
寝間着が卑猥に乱れたエリスの背にジェラルドは腕をまわし、すがりつくようにぎゅうっと抱きしめた。
「きみがいない日々は、いやだ」
彼の顔が耳もとになければおそらく聞き取れなかった。掠れた小さな声が吐息とともに耳に届き、とたんに彼の温もりを全身で実感する。
「……っ」
鼻の奥がツンとくる。それは涙の予兆。止まりかけていた涙がふたたびあふれてくる。それも、先ほどよりも遥かな勢いをもって目からあふれ出し、連なって滝のように頬を伝い落ちていく。
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(子どもができたら私は働けなくなってしまうのに)
あるいは、子を成しても堕ろさせるつもりなのだろうか――。
エリスは眉根を寄せて大きく目を見開いた。それだけはどうしても許せないし彼がそれを行うとも思いたくない。どれだけ性格が悪かろうとも医者だ。芽生て間もなくであろうと尊い命なのは確かで、それを無下にするとは考えられない。
「っ、先生!」
唇が離れるなり悲鳴のごとくエリスは叫んだ。あれこれと憶測するばかりでは不毛だから、真意を確かめようと思ったその刹那。脈動とともに蜜洞に満ちていくものをありありと感じた。精を、受けてしまった。
エリスはしばし呆然とジェラルドを見つめる。
「なっ――、なにを考えてるんですかっ!? ご存知ですよね! いまっ、私はっ」
彼の身勝手さに憤りが湧き上がり、舌がもつれ、呼吸も乱れている。血圧はとんでもなく上がっているに違いない。
羞恥とは別の熱で耳まで真っ赤に染まっているエリスを、ジェラルドは下半身をつなぎ合わせたまま彼女とは相反して静かに言う。
「きみにはこれから子作りに専念してもらう」
「……はあっ?」
「俺の子を孕め」
「――っっ!」
視界に涙のヴェールが掛かっていく。彼の発言があまりに唐突で、理解できなくて、とたんに息苦しくなる。
なにを言っているの。
なにを考えているの。
知りたい。ううん、知りたくない。知るのが怖い。
けれどこのままでは先へ進めない。エリスは大きく口を開けて思いきり息を吸い込んだ。空気が乾燥しているのか、咳き込みそうになる。それを何とかこらえてジェラルドに物申す。
「勝手なことばっかり言わないで! 愛人にでもなさるおつもりですかっ? 私、わたしはっ……」
ああ、泣いている場合ではない。いま目の前にいる、不可解な言動をするこの男を叱責してやりたい。
「ぅ、うっ――」
言いたいことがごまんとあるのに、嗚咽ばかりで言葉にならない。ふくれ上がった感情は怒りか悲しみか、わけがわからず涙ばかりがとめどなくこぼれ落ちていく。
「――エリス」
湖面に葉が落ちるように穏やかで静かな声だった。彼の声が頭の中で心地よく波紋する。
それは初めての響き。名を呼ばれたのはこれが初めてだ。
「愛してるんだ、きみのこと。もうずっと前から」
耳を澄ましてやっと聞き取れる、小さな声だった。
「……俺の……唯一無二の妻に、なってくれ」
――ああ。私はこの言葉が聞きたかったのだ。もう、ずっと前から。
ジェラルドは切なげな表情のまま、堰を切ったように想いを吐露する。
「きみに俺の仕事を手伝わせるのは、たんにずっと一緒にいたいからだ。時間を共有していたい。一分一秒たりとも……刹那ですら離れたくない」
寝間着が卑猥に乱れたエリスの背にジェラルドは腕をまわし、すがりつくようにぎゅうっと抱きしめた。
「きみがいない日々は、いやだ」
彼の顔が耳もとになければおそらく聞き取れなかった。掠れた小さな声が吐息とともに耳に届き、とたんに彼の温もりを全身で実感する。
「……っ」
鼻の奥がツンとくる。それは涙の予兆。止まりかけていた涙がふたたびあふれてくる。それも、先ほどよりも遥かな勢いをもって目からあふれ出し、連なって滝のように頬を伝い落ちていく。