「な、何ですか? あ、そういえば……新しい看護助手が男性だとは思っていませんでした」
「きみが嫌がるかと思って、男を募集した。彼はいずれ医者として独立するだろうから、それまでの腰掛けだ」
一瞬、首を絞められるのかと思った。机を拭いていたところに後ろからジェラルドの腕がまわり込んできて、片方は首に、もう片方は胸の下にきつく巻きつく。
「……先生?」
身をかがめてジェラルドはエリスに頬ずりをする。甘えるような仕草は新鮮で、胸の奥がきゅっと締まって肢体の先端がむずがゆくなる。
「きみの頭の中を占めるのは俺だけでいい」
「な、何の話ですか」
「ヴィンセントとは今日だけでずいぶん仲良くなったな。……彼がきみに妙な気を起こさぬよう牽制はしたが」
「何ですか、牽制って」
「きみは俺の婚約者だ、と……言った」
こんやくしゃ。
――婚約者。
頬ずりの摩擦のせいだけではない熱でエリスの顔が真っ赤に染まり上がる。
(妻になる……って、そういうことだけど。でもっ)
日常に劇的な変化があったかといえばそんなことはなく、強いていえばジェラルドが悪言を吐かず甘えてくるようになったというだけだから、いまいち実感がなかった。
でも、そうなのだ。
彼と、結婚するのだ。
「……なんだ。そんなに恥ずかしいのか、俺との結婚が」
ジェラルドは不服そうにつぶやきエリスの体をさらにきつく抱きしめた。ふだんとは違って彼が性的なことを仕掛けないのには理由があるのだが、エリスはそれに気づかない。
「いまさらだ……。もう何度つながったか数えきれないというのに」
頬を撫でる手は熱い。ゆっくりと顔を後ろへ向かされ、唇が重なる。これだって、もう何度もしてきたことだ。それなのに――どうしてこんなに甘く感じるのだろう。
「ん……」
口づけは極めて穏やかだった。舌が挿し入れられることはなく、ひたすらに愛でるような唇同士の触れ合いが続く。
(そろそろ……)
獰猛な舌が唇を割ってくる頃だろうと思った。しかし、いくら待てどもやってこない。
(い、いやだ、私……!)
これではディープキスを待ち望んでいるようだ。いや、事実――そうなのかもしれない。
ジェラルドはそっと口づけを終わらせ、ごく自然に「どうした?」と聞いてくる。意地悪をしているようなふうではない。
「な……、何でも……ない、です」
エリスはしどろもどろしながら、ふいっと顔をそむけた。
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「きみが嫌がるかと思って、男を募集した。彼はいずれ医者として独立するだろうから、それまでの腰掛けだ」
一瞬、首を絞められるのかと思った。机を拭いていたところに後ろからジェラルドの腕がまわり込んできて、片方は首に、もう片方は胸の下にきつく巻きつく。
「……先生?」
身をかがめてジェラルドはエリスに頬ずりをする。甘えるような仕草は新鮮で、胸の奥がきゅっと締まって肢体の先端がむずがゆくなる。
「きみの頭の中を占めるのは俺だけでいい」
「な、何の話ですか」
「ヴィンセントとは今日だけでずいぶん仲良くなったな。……彼がきみに妙な気を起こさぬよう牽制はしたが」
「何ですか、牽制って」
「きみは俺の婚約者だ、と……言った」
こんやくしゃ。
――婚約者。
頬ずりの摩擦のせいだけではない熱でエリスの顔が真っ赤に染まり上がる。
(妻になる……って、そういうことだけど。でもっ)
日常に劇的な変化があったかといえばそんなことはなく、強いていえばジェラルドが悪言を吐かず甘えてくるようになったというだけだから、いまいち実感がなかった。
でも、そうなのだ。
彼と、結婚するのだ。
「……なんだ。そんなに恥ずかしいのか、俺との結婚が」
ジェラルドは不服そうにつぶやきエリスの体をさらにきつく抱きしめた。ふだんとは違って彼が性的なことを仕掛けないのには理由があるのだが、エリスはそれに気づかない。
「いまさらだ……。もう何度つながったか数えきれないというのに」
頬を撫でる手は熱い。ゆっくりと顔を後ろへ向かされ、唇が重なる。これだって、もう何度もしてきたことだ。それなのに――どうしてこんなに甘く感じるのだろう。
「ん……」
口づけは極めて穏やかだった。舌が挿し入れられることはなく、ひたすらに愛でるような唇同士の触れ合いが続く。
(そろそろ……)
獰猛な舌が唇を割ってくる頃だろうと思った。しかし、いくら待てどもやってこない。
(い、いやだ、私……!)
これではディープキスを待ち望んでいるようだ。いや、事実――そうなのかもしれない。
ジェラルドはそっと口づけを終わらせ、ごく自然に「どうした?」と聞いてくる。意地悪をしているようなふうではない。
「な……、何でも……ない、です」
エリスはしどろもどろしながら、ふいっと顔をそむけた。