伯爵は肉欲旺盛なお医者さま 《 第五章 01

 ジェラルドがエリスとの婚約を公にしたあとのこと。エリスへの風当たりはさまざまだった。
 メイド頭のニーナは喜んでくれたが、ほかの同僚は戸惑っているようすだった。
 身分違いの結婚な上に、いままで否定してきたことを覆す事態だ。自業自得だと反省しつつ、いまは割り切って業務に励むしかない。

(そういえば、まだ来ないわね)

 今月は赤い手紙がまだ届いていない。
いや、待っているわけではないのだが……何だか返って怖い。
 週初めの今日、例のごとくコレット嬢が診察にやって来た。ジェラルドとエリスが婚約したことを知っているらしく、ジェラルドの前であってもエリスに敵意をむき出しでにらみつけている。

「――夜道にお気をつけて」

 去り際にそう吐き捨てたコレットにエリスはゾッとする。体当たりをされなかったのはよかったが、むしろ今後それ以上のことに見舞われるのではないかと空恐ろしくなる。憤然と去っていく亜麻色の髪の彼女を、エリスはいつまでも不安げに見送った。


 使用人食堂できのこのスープとバケットを食したあとはまたいつも通り看護助手の業務に励んだ。
 しかし、その日の夕方。

(何だろう……。気持ち悪い)

 初めは軽かった。しかし時間を増すごとに吐き気が強くなっていく。
 エリスは口を押さえて診察室の床にしゃがみこんだ。
 診察が終了するまでは、と思い何とかもちこたえたが、もう限界だ。立っているのが辛い。

「エリス!? きみ、やっぱり具合が悪いのか」

 エリスの異変に早くから気づいていたらしいジェラルドが床に膝をついて彼女の顔をのぞき込む。

「ちょっと……気持ちが、悪くて」

 そう答えると、ジェラルドは神妙な面持ちでエリスの腹部をそっと撫でた。

「つわり……かもわからない」

 言われ、エリスは目をむく。

「そう……なので、しょうか」

 吐き気とめまいでいまにも意識が彼方へ飛んで行ってしまいそうだ。つわりとはそういうものなのだろうか。
 子を宿しているという実感はこれっぽっちもない。

「ひとまず横になれ」

 ジェラルドに支えられてエリスは診察台の上に寝転がった。呼吸は荒く、顔色も悪い。

「………」

 ジェラルドはいぶかしげに眉根を寄せてエリスの手首をつかみ脈を測った。その体は氷のように冷たかった。ジェラルドの表情が一変する。

「……っ、エリス!」

 いつになく慌てた様子でジェラルドが頬に手を当ててくる。
 そのあとのことは、わからない。

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