伯爵は肉欲旺盛なお医者さま 《 第五章 03


(早急に外鍵を増やさねば)

 いまの状態ではエリスがそうしようと思えば中から鍵を開けることができる。それではいけない。
 いままでめまぐるしく働いていた彼女だ。部屋から出ることもできないとなればさぞ退屈するだろう。
 しかしいまは、エリスを自由に出歩かせるわけにはいかない。体調のこともあるが、なによりも危険だからだ。
 「きみだけが毒を盛られたのだ」とハッキリ告げてしまうほうがよかっただろうか。いや、それはエリスによけいな心労を与えるだけだ。
 エリスはただの食あたりではない。使用人たちが昼食で食べたのは皆同じきのこのスープだが、残りを検分しても毒性は認められなかった。となれば、エリスの分だけ故意に毒性のきのこに差し替えられていたということになる。事実、他の使用人たちは何の症状も訴えてこなかった。
 エリスは狙われたのだ。明らかな悪意を持つ何者かに。
 彼女に脅迫まがいの赤い手紙がもう何年も前から届いていたことを知ったのはつい最近のことだ。メイド頭のニーナから報告――というか、忠告を受けた。ニーナはジェラルドが幼少のころからこの屋敷にいるメイドで、使用人の中ではもっとも信頼できる。
 エリスと婚約した以上、彼女は妬み嫉みの対象になるのだと。エリスとの関係が明確化したいま、俺には彼女を守る責務があるのだと叱咤された。
 赤い手紙のことをいままで黙っていたのは、主人である俺に気を遣っていただけだという。幸い、これまでは手紙が届くというだけで実害はなかったからよかったものの――。

(いや、よくない。エリスは毒を盛られたんだ)

 このまま犯人を野放しにしていては、悪行はさらにエスカレートするに違いない。
 脅迫文を寄越し毒を盛った犯人を突き止めるまでは、エリスを部屋から出すわけにはいかない。
 ジェラルドは執務室に戻るなり羽根ペンを手に取った。宛先は実兄であるフィース・アッカーソン、ローゼンラウス侯爵だ。
 幼少期からなにかと引き合いに出されてきた兄に頼るのはとんでもなく癪だが、こういうことは王城で騎士団長をしている彼に任せるのが手っ取り早い。あらゆる手を尽くして手紙の犯人を見つけ出してくれるはずだ。
 手紙を書き上げたジェラルドは早足で執務室を出てニーナのもとへ駆けた。
 ああ、ふだん執事をつけずに行動しているとこういうとき不便なのか。これからは呼べばいつでも飛んできて御用聞きをする執事をつける必要がある。
 ――すべては愛しいエリスのために。
 診察室で彼女の処置をしているとき、一瞬だがエリスを永遠に失う思考に至った。
 ――あり得ない。
 すぐに処置をしているのだからそんなことはあり得ないと思うのと同時に、彼女がいない世界もまたあり得ないと思った。
 ――耐えられない。
 きっと虚無しかない。生きることに意味を見出せないかもしれない。
 それくらい、彼女は自分に絶対に必要不可欠な存在だ。名実ともにエリスは手足も同然なのだ。むしろ自分の一部だと言っても過言ではない。

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