『私を信用してください。過労で倒れちゃいますよ』
二年前、エリスに言われたこの一言は絶大だった。
彼女は何気なく言ったに違いない。何の意図も裏もなく、ただ純粋にそう思ったから出てきた言葉なのだろう。しかしそれゆえに心を揺さぶられた。他人など別個体のもので、信用ならないしどうでもいい存在なのだと決めつけて凍っていた心をエリスが溶かしてくれた。
それ以来、急速に彼女に惹かれた。エリスの面立ちは美しく実はもともと好みだった。
勝気で減らず口ばかりのエリスが愛しくて、しかし彼女のほうは俺のことを何とも思っていないようだったから悔しかった。何とかして印象づけたかった。それでつい、意地の悪いことばかりしてきた。まるで子どもだ。いまとなっては呆れる。
(こんな俺の気持ちにエリスが応えてくれたのは奇跡だ)
ひどいことばかりしてきたというのに彼女は受け入れてくれた。だからこれからはせめてもの贖罪にめいいっぱい優しくして甘やかしたい。そうは思えど、意地が悪いのは性分だからすぐには実行できないわけだが。
これからエリスを一生涯愛でていくために必要なこと。彼女の身の安全は大前提である。むしろ護れないなど婚約者が聞いて呆れる。本当に――不甲斐ない。
実兄に手紙を出した翌日、彼の配下の者から早文が届いた。さすが、仕事が早い。悔しいがやはり兄は頼りになる。
「……っ」
ジェラルドはフィースからの文を持つ手に力を込めた。
赤い手紙の差出人と、エリスに毒を盛った人間は同一人物だろう。そんなことができるやつは限られている。赤い手紙が届く頻度を鑑みても、犯人はこの屋敷の使用人に間違いない。犯人は自分が使用人宿舎の書簡係になったとき、赤い手紙を織り交ぜて郵便局へ赴いていたのだ。書簡係はおよそ一ヶ月で自分の番が回ってくる。赤い手紙が届く頻度と一致する。
ジェラルドはすぐに解雇状をしたためてメイド頭のもとへ急ぐ。
ニーナは使用人の休憩室でほかのメイドたちと談笑していた。主人の急な訪問に驚き皆がざわめき立つ中、ジェラルドはニーナを廊下に呼び出した。
頃合いを見計らって解雇状を渡して欲しいと頼むと、ニーナは宛名を確認したあと困惑の色をその顔に浮かべた。
「あの……理由をお尋ねしてもよろしいですか」
おずおずと聞いてきたニーナにジェラルドはきっぱりと告げる。
「エリスを護るため、だ」
ニーナはいっそう悲痛な面持ちになり、しかし力強くうなずき「かしこまりました」と言葉を返した。