「あ、れ……っ?」
ガラス扉を開けようとノブをまわすものの、動かない。
内側から鍵が掛かっている。それもそうだ。いくら空き部屋だからといってバルコニーへ続く扉の鍵まで開けっ放しのはずかない。なにかの拍子に扉が開いてしまったら雨風が侵入して大変なことになる。
エリスはがくりとうなだれた。強風が肌と髪を撫でる。少し寒い。
自分とそっくりなあの女性は――やはりコレットなのだろうか。
もともと髪の色が似ていたし、造作については……よくわからないが、もしかしたらベースは似ていたのかもしれない。
彼女はジェラルドになにをするつもりなのだろう。
(私のふりをして、すること……)
もしコレットなのだとしたら、ジェラルドに危害を加えるとは思えない。彼女はジェラルドを好いているからだ。
(だったら、私の姿で嫌われるようなことを言う、とか? あるいは――)
思い至ると、どろりとした感情がどこからともなく湧き上がった。
――いやだ、嫌だ!
たとえ姿形が似ていようとも、自分以外が彼に触れるのが許せない。
あの唇に、その秘めたところに触れていいのは――
(私だけよっ)
傲慢だ。そうは思えど仕方がない。自分がこれほどまでに独占欲が強いのだとはいまのいままで知らなかった。
エリスはガラス扉をじいっと見つめた。ガラスはさほど厚くない。叩き破れるのではないか。
息を呑み、左手に握りこぶしを作ってコツンとガラスに当ててみる。
(素手じゃ無理ね……)
スカートのポケットからハンカチを取り出し、左手にぐるぐると巻いた。叩きつける面を厚くしたつもりだが、この薄い布では大して緩衝できないかもしれない。それでもないよりはマシだ。
風が強く肌寒いはずなのに汗が出る。エリスは胸に手を当てて呼吸を整えたあと、思い切ってこぶしをガラスに向かわせた。
「――っ、ぃ……!」
痛い。とんでもなく痛いのに、ひび一つ入っていない。
(もう一回……)
今度は先ほどよりも遠くから勢いよくこぶしをガラスに打ち付けた。
エリスの顔が痛みに歪む。
「どうして……」
涙声でつぶやいてみたところで現実は変わらない。ガラスにはひびが入っただけだった。これではとても、そこから中に手をくぐり込ませて鍵を開けるなどという芸当はできそうにない。
こぶしに巻きつけたハンカチからは血がにじんでいた。皮膚が切れてしまったらしい。
愕然とこうべを垂れた。このままここで指をくわえて助けを待つしかないのか――。
ふと目に入ったのは自分自身の茶色い靴。
エリスはうつむいたまま「あっ」と声を上げた。
(靴のかかとでガラスを割ればいいんだわ!)
どうしてもっと早く気がつかなかったのだろう。
右足の靴を脱ぎ、かかとの硬い部分をガラス面のひびが入っているところにぶつけてみる。
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ガラス扉を開けようとノブをまわすものの、動かない。
内側から鍵が掛かっている。それもそうだ。いくら空き部屋だからといってバルコニーへ続く扉の鍵まで開けっ放しのはずかない。なにかの拍子に扉が開いてしまったら雨風が侵入して大変なことになる。
エリスはがくりとうなだれた。強風が肌と髪を撫でる。少し寒い。
自分とそっくりなあの女性は――やはりコレットなのだろうか。
もともと髪の色が似ていたし、造作については……よくわからないが、もしかしたらベースは似ていたのかもしれない。
彼女はジェラルドになにをするつもりなのだろう。
(私のふりをして、すること……)
もしコレットなのだとしたら、ジェラルドに危害を加えるとは思えない。彼女はジェラルドを好いているからだ。
(だったら、私の姿で嫌われるようなことを言う、とか? あるいは――)
思い至ると、どろりとした感情がどこからともなく湧き上がった。
――いやだ、嫌だ!
たとえ姿形が似ていようとも、自分以外が彼に触れるのが許せない。
あの唇に、その秘めたところに触れていいのは――
(私だけよっ)
傲慢だ。そうは思えど仕方がない。自分がこれほどまでに独占欲が強いのだとはいまのいままで知らなかった。
エリスはガラス扉をじいっと見つめた。ガラスはさほど厚くない。叩き破れるのではないか。
息を呑み、左手に握りこぶしを作ってコツンとガラスに当ててみる。
(素手じゃ無理ね……)
スカートのポケットからハンカチを取り出し、左手にぐるぐると巻いた。叩きつける面を厚くしたつもりだが、この薄い布では大して緩衝できないかもしれない。それでもないよりはマシだ。
風が強く肌寒いはずなのに汗が出る。エリスは胸に手を当てて呼吸を整えたあと、思い切ってこぶしをガラスに向かわせた。
「――っ、ぃ……!」
痛い。とんでもなく痛いのに、ひび一つ入っていない。
(もう一回……)
今度は先ほどよりも遠くから勢いよくこぶしをガラスに打ち付けた。
エリスの顔が痛みに歪む。
「どうして……」
涙声でつぶやいてみたところで現実は変わらない。ガラスにはひびが入っただけだった。これではとても、そこから中に手をくぐり込ませて鍵を開けるなどという芸当はできそうにない。
こぶしに巻きつけたハンカチからは血がにじんでいた。皮膚が切れてしまったらしい。
愕然とこうべを垂れた。このままここで指をくわえて助けを待つしかないのか――。
ふと目に入ったのは自分自身の茶色い靴。
エリスはうつむいたまま「あっ」と声を上げた。
(靴のかかとでガラスを割ればいいんだわ!)
どうしてもっと早く気がつかなかったのだろう。
右足の靴を脱ぎ、かかとの硬い部分をガラス面のひびが入っているところにぶつけてみる。