「こっちが朝みんなで集まった食堂。それからその向こうはサロンで――」
ルイスはカタリーナを連れて歩きながら次々と部屋を案内した。
「は、はい……」
カナリーナはというと、どうやら戸惑っているようだった。
ルイスは心のなかで「ああ、そうか」と言う。
「カタリーナが邸の間取りを覚えられるまで、毎日案内してあげる」
「……! ありがとうございます――ルイス、さま」
――ルイスさま。
その呼び方はどうしてかしっくりこない。
「おにいさま、と呼んでごらん」
「はい、おにいさま」
彼女にはまだ笑顔がないが、硬い表情は幾分かほぐれたような気がする。
ルイスは穏やかにほほえみ、彼女と連れ立って邸のなかを歩いた。
来る日も来る日も、ルイスはカタリーナの部屋を訪ねた。
話をしながら邸内を歩いていると、少しだが笑顔も見られるようになってきた。
カタリーナは一週間も経たぬうちに広大な侯爵邸の間取りを覚えてしまった。頭のよい子だ。
「明日からは僕の案内は不要だね。邸の外へ行くのはだめだけれど、邸内だったらどの部屋へでも行っていいから」
「……はい」
彼女の表情が晴れないのがいささか気になったが、ルイスはその日の午後からエコノミーに関するレッスンを予定していたため、足早にカタリーナのもとを去った。
その日の夜。レッスンを終えたルイスはカタリーナのことが気になり、彼女の部屋へようすを見に行った。
(もう眠っているだろうか)
そう思いながらもカタリーナの部屋の扉をノックする。
なかから返事はなかった。かわりに、すすり泣くような声がかすかに漏れ聞こえた。
「……カタリーナ? 僕だ。入るよ」
そっとドアノブをまわしてなかへ入る。部屋のなかは薄暗かった。
目を凝らすと、カタリーナがベッド端に座っているのがわかった。
「ぅ、ぅっ……」と小さな嗚咽を漏らしてカタリーナが泣いている。
「……眠れないの?」
カタリーナはこくっと一回だけうなずいた。
「一緒に寝てあげようか」
すると今度は、何度もこくこくとうなずいた。
(懸命に頭を振って……かわいい)
ルイスは顔をほころばせ、カタリーナとともに彼女のベッドへ潜り込む。
細い腰に腕をまわして抱き寄せると、彼女の温かさが伝わってきた。
(妹って……こんなにかわいいものなんだな)
七つも年下の、自分よりも格段に小さな存在。
温かくやわらかで従順な彼女を、純粋に愛おしく思った。
その感情が不埒なものに変化したのは、いつからだろう――。