青年侯爵は今日も義妹をかわいがる 《 第一章 03


「……ねえ、カタリーナ。もしかして……いまも、夜は兄さんの部屋で寝てるの?」
「えっ? ええ、そうだけど――」

 テッドの表情が突然、硬くなった。
 何事か言うべく彼が口を開けたとき、 コンコンッとノック音が響いた。

「――僕だ。入るよ」

 旅支度を整えたルイスが部屋のなかへ入ってくる。

「ああ、テッド。帰ってたのか。長いあいだご苦労だったね」
「にっ、兄さん……。はい、ただいま戻りました」

 テッドはカタリーナの腰に巻きつけていた腕をパッと外して数歩、あとずさった。ニコニコと笑っているが、どうもそれが取り繕ったような笑みに思えてならなかった。

「そろそろ発つ。カタリーナ、おいで」
「はい」

 カタリーナはハンドバッグを持つ。そのほかの大きな荷物はメイドが持ってくれる。
 ルイスはテッドのほうを向いて言う。

「僕らは領地の視察へ行ってくるから、テッド。邸の留守を頼んだよ」
「はーい……」

 テッドは不満そうな顔で「僕も行きたかったな」と漏らしたが、兄の耳には届かなかったのかルイスはなにも答えなかった。
 テッドや使用人たちに見送られ、カタリーナとルイスは四頭立ての馬車に乗り込む。
 馬が走り出すなり、

「さっきはテッドとなにを話していたの」

 となりに座るルイスにそう尋ねれた。
 使用人たちはべつの馬車に乗っているので、いまここにはカタリーナとルイスのふたりだけだ。

「ええと……夜はどこで眠っているのかを、訊かれました」
「ふうん。……それで、きみはなんて答えたの」
「おにいさまと同じ部屋だと」

 しばしの間があった。カタリーナはルイスのようすをうかがう。義兄は馬車の肘掛けに腕を預けて車窓から外を眺めていた。

「そのあと、テッドになにか言われた?」

 カタリーナはあごに手を当てて先ほどのことを思い起こす。
 テッドはなにか言いかけていたようだが、ルイスが部屋にやってきたので聞かなかった。

「いいえ、なにも」
「そう……」

 ルイスは窓のほうを向いているので表情はわからないが、不機嫌のようだった。

「……少し、横になりたいな」

 ぽつりと彼が言う。

「きみの膝を借りても?」

 ルイスがこちらを振り返る。
 カタリーナはしばしぽかんとしたあとで、

(ああ、そっか……。おにいさまは連日の執務で疲れていらっしゃるんだわ。それで不機嫌なのね)

 視察のために邸を空けるものだから、夜は遅くまで根を詰めていた。
 ここ数日は先に寝室で横になっているよう言われていた。ルイスがくるまで起きていようと思っていたが、日付が変わるころになっても彼はやってこなかったので結局は先に眠ってしまっていた。

「もちろん、どうぞ!」

 カタリーナは両手を広げて義兄を膝に迎え入れる。

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