青年侯爵は今日も義妹をかわいがる 《 第一章 04

 しかしそのままでは彼が横になれないことに気がつき、カタリーナは馬車のいちばん端に移動した。
 ルイスが膝に頭を載せてくる。上半身だけ馬車の座面に横たわっている状態だ。
 ガタン、ゴトンという馬車の揺れで彼の頭がわずかに揺れる。ドレス越しでもルイスの温かさが伝わってきて、触れ合っている部分が少々むずがゆくなった。

「……僕の頭を撫でて」

 カタリーナは「えっ!?」と声を上げてルイスの顔をのぞき込む。
 ルイスは前を向いたまま「お願い」と言った。とても小さな声だ。

(おにいさまは本当に……お疲れが溜まっていらっしゃるのね)

 そうでなければ頭を撫でられたいなどと口にしないだろう。
 カタリーナは金の髪にそっと手を添えて、頭のてっぺんから首すじのほうへとゆっくり動かした。ルイスの金髪はとてもなめらかで、指のさわりがよい。
 義兄がどんな顔をしているのか気になって、上半身を乗り出して彼の顔を見る。
 ルイスは目を細め、碧眼はやがて完全に閉ざされた。
 七つも年上の義兄に向かって「かわいい」というのはおかしいのかもしれないが、そう思った。胸の奥がきゅうっと締めつけられて、切なくなる。
 彼を強く抱きしめたいと思うこの感情は、いったいなんなのだろう。


 領地の端にはぶどう畑が広がっている。この畑には年に何回も訪れている。ほかの場所よりも視察の回数が多いのは、この畑で採れるぶどうを使ったワインがブレヴェッド侯爵領の最たる生産品ということ以外にも、ルイスがワイン好きだというのも少なからずあるだろう。
 ぶどう畑で実り具合を確認し、畑の管理者と話をしたあとはいつも近くの町の宿屋に一泊する。
 到底、貴族が――まして、領主が泊まるような宿ではないが、ルイスは「たまにはこういうところで休みたい」と言って好んで民宿に泊まるのだ。
 そしてそういった民宿でも、カナリーナとルイスは相部屋なのである。
 ふたりはこぢんまりとしたソファに並んで座っていた。
 いまここにメイドはいないので、カタリーナがルイスにワインの酌をする。
 ルイスはワイングラスを手に取り、香りを堪能したあとでグイッといっきに飲み干した。

(あいかわらず、いい飲みっぷり)

 それでも彼はほとんど顔色が変わらない。少々饒舌になるというくらいで、酔っていてもあまり言動が変わらない。

「たまにはきみも飲んだら?」

 グラスに注いだばかりのワインを目の前に差し出される。

「私は……遠慮しておきます。おにいさまと違ってお酒に弱いので」
「……そう?」

 美味しいのに、とつぶやいてルイスはふたたびグラスを仰いだ。

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