王子様の召喚方法 《 3 みっつの魔法

そりゃあ、風呂に入っている途中でいきなり別の場所に呼び出されれば、誰だって不機嫌かつ不愉快になってしまう。
ああ、入浴中だったから王子様の身体は泡だらけなのか。

「えっと、すみませんでした」

彼のたくましい上半身をチラチラと盗み見ながら美菜は謝った。

「兄さん、無理やりこんなことして……。しかも着地場所がこうもいい加減とは」

「……? なにか言いました?」

王子様がなにやらボソボソとつぶやいたけれど、声が小さすぎてよく聞こえなかった。

「なんでもないよ。そういえば自己紹介がまだだったね。僕はウィル。きみは?」

「美菜です。中ノ瀬 美菜」

「ミナ? こちらではどういう意味の名前だい」

「あー……えっと。美しい葉っぱ、ですかねぇ」

「へえ、なるほど。きみにぴったりの名だ。美しいけど薔薇のような華やかさはないから、葉くらいでちょうどいい」

いまのは褒められたのか、けなさたのか、どっちなんだろう。

「不満そうだね? どうしてだい。僕はきみを美しいと言ったのに」

「べっ、べつになにも不満なんてありませんよ」

「きみ、もしかして穢れを知らない?」

「しっ、知りません! ……あ、いや、だからその」

いまのは「そんなことどうでもいいでしょ」という意味で言ったのだが、ウィルの問いかけに単純に答えるかたちに なってしまった。事実、処女なのだから間違ってはいないが。

「へえ、そう。じゃあいろいろと教えてあげる」

琥珀色の瞳が細くなっていく。

「は、葉っぱに欲情するんですか?」

パジャマの胸もとを押さえて王子様を見上げる。

「なにか勘違いしていないかい? 美しい葉だと言っただろう。薔薇のようなとげがなく、素朴で美しい」

湿り気のある金の髪の毛が美菜の頬に触れた。つめたい。

「ところできみ、歳はいくつだ?」

「に、25歳です」

「えっ、僕と同じ? てっきりだいぶん年下かと思ったよ。じゃあこの胸はもう成長の余地がないということだね」

「ぎゃっ! なっ、なっ!」

淡いピンク色のパジャマの胸もとをわしづかみにされてあせる。

「やだっ、やめて!」

「なんだ、僕のこと呼び出しておいて無責任だな。王子様とこういうことがしたかったんじゃないのか?」

そりゃまあ、たしかに一理あるが、いきなりすぎる。

「も、もうちょっと段階を踏んでもらいたいというか」

「段階? さっきキスはしたよね。まあ、あれはお互いの意思疎通をはかるために仕方なくしたわけだけど」

「それって……いろいろと、どういう意味?」

低い声音で尋ねる。
王子様が説明し始める。

「いま僕が話してる言語はきみの母国語ではないよ」

「えっ? でも、日本語だよ。じゃなきゃ私、ウィルが言ってることがわかるはずない」

英語はほとんどしゃべれないし、ほかの言語もまたしかりだ。
ウィルがクスッと上品に笑う。
なんだか馬鹿にされているような、笑いかた。

「僕はそのニホンゴとやらはしゃべれないよ。さっきキスしたときに、みっつの魔法をかけた」

「ま、魔法……」

現実味のない響きだ。ウィルは話し続ける。

「ひとつは、きみの発する言葉が直接、僕の脳に働きかける魔法。もうひとつは、その逆。僕の言葉がきみの脳に瞬時に働きかけて、きみの母国語として聞こえる魔法」

「へ、へえ……」

お互いそれぞれの母国語を話しているが、それが脳内で変換されるということか。
ふむふむとうなずく。

「みっつめは、秘密だよ」

「ええっ!? なんで」

「なんででも。さて、これからどうするかな」

前 へ    目 次    次 へ