双鬼と紅の戯曲 ~君主は秘かに専属侍女を愛でる~ 《 序章 03

 茶と菓子をさっさと平らげた極夜は無言で鈴音を手招きした。鈴音は長いまつ毛を一瞬だけ上向けたあと、静かに立ち上がって極夜に近寄り、ふたたび膝を折って座る。
 鈴音はきゅっと下唇を噛んで、淡いピンク色の着物の帯を解いて衿ぐりをゆるめ、首すじを差し出してきた。
 いつものことながら、白い首すじをあらわにした鈴音には吸血欲以外のものもおおいに刺激される。
 極夜は鈴音の体を正面から抱き寄せ、赤い舌をのぞかせた。むきだしの首すじをべろりと一舐めすると、鈴音はピクッと小さく肩を震わせた。こういう反応も、たまらない。たまらなく情欲をかき立てられる。
 何度かそうして首すじを舐めたあと、控えめに牙を突き立てて血を吸った。
 そうして舐めたり、吸ったりを繰り返す。

「んっ……」

 いささか強く肌を吸ってしまった。痛かっただろうかと申し訳ない気持ちになりながらも、その艶っぽい声にぞくぞくして感情まで昂る。

「おまえは俺の糧だ」

 ――ああ、違う。こういう言い方は彼女を怖がらせるだけなのに。
 鈴音の顔が曇る。極夜はあわてて血を吸った。そうすることで彼女の刹那的な感情を読み取ることができるからだ。それは双鬼一族が持つ特殊な能力だという。

(やはり……悲しんでいる)

 彼女の血と笑顔で俺というものが成り立っている。そう伝えたいのに『糧』とはずいぶんな言い草だ。明らかに言葉が足りない。

(違うのだと言わなければ……)

 いまのは違う、と言って――それからどうする?
 素直に気持ちを伝えられる性格ならば、これほど悩みはしない。

(それにしても……鈴音はいい)

 極夜は鈴音の華奢な背を撫で上げながら、少しずつ時間をかけて吸血する。できるだけ長く鈴音と触れ合っていたいから。
 もうずっと彼女のとりこだ。そばにいないと恋しくなるし、この腕に抱いていれば放したくない。

(だが鈴音は……俺のことを恐れている)

 人の生き血をすする吸血鬼など、恐れられて当然だ。
 愛している、とささやいたところで迷惑がられるだけだろう。
 心のなかでは何度だって言った。「愛している。ずっとそばにいて欲しい」と。

(……怖い。鈴音がどんな顔をするのか)

 極夜は固く目を閉ざし、鈴音の体を両手できつく抱きしめる。
 彼女の体は力をなくしていた。吸血のあとはたいてい、鈴音は眠ってしまう。吸血鬼の唾液には催眠作用があるらしい。
 極夜は眠ってしまった鈴音の体を片腕で支えながら着物の衿合わせを乱す。
 吸血欲はすでにおさまっている。いまあるのは肉欲ばかりだ。

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