目覚めるといつも、そこに主《あるじ》の姿はない。
布団のなかで目を覚ました鈴音はむくりと起き上がり、部屋のなかを見まわした。
枕もとには水が入った湯呑みと、鉄分豊富な外来種の果物が小皿に載せて置いてある。
この部屋の主である極夜の姿はどこにもない。
鈴音は両頬に手を当ててうつむく。
(また、へんな夢を見ちゃった……)
秘かに恋い焦がれる極夜に、体の隅々まで愛されている夢だ。
(私ったら……欲求不満なのかしら)
自身の胸もとをじいっと見つめる。
いつも疑問に思う。彼に給仕したあとは着物が寝間着に変わっているのだ。
いったいだれが着替えを――と思うが、思い当たるのは一人しかいない
(極夜さまが……着替えを……してくださっているのよね)
申し訳ない気持ちが先に立ち、どうにもいたたまれなくなる。
彼は言葉数こそ少ないものの、とても優しい男性だ。
(着替えをしてくださるし、貧血にならないよう果物を用意してくださるし)
そして、あの美貌だ。
この紅国《こうこく》における唯一無二の君主、極夜。
彼は、双鬼一族と暁光一族が統合されるきっかけになった先々代の双鬼当主、哉詫《かなた》の生き写しなのだという。
(双鬼一族はきっと美形ぞろいなのだわ)
極夜のことは彼がそこにいなくても鮮明に思い出せる。もう二十年近くそばで見てきたのだ。本人を見ずとも姿絵を起こせる自信がある。
艶のある黒髪はいつだって光の輪を冠している。整った目鼻立ちはだれかが完璧に描いたのではないかと疑ってしまうほどだ。
薄茶色の透き通った瞳は吸血のときにだけ紅くなる。それはまるで瞳に炎が宿ったようで、神秘的だ。
(私は、極夜さまの糧――)
眠る前に彼が言ったことだ。
(きっと、私が勘違いをして差し出がましいまねをしないように、と……釘をお刺しになったのだわ)
いまはまだ独身の彼だが、いずれは身分の高い女性と結婚するだろう。
吸血されているとき、まるで愛されているような錯覚に陥る。きっと彼にもそういう誤解を与えている自覚があって、「愛人にして欲しい」などと言われないように『ただの糧でしかない』と言い切ったのだ。
鈴音は瞳にうっすらと涙を浮かべてうつむく。
(私が……どこかの国のお姫様だったら)
そうしたら、極夜は自分を娶ってくれただろうか。
いや、ないものねだりをしても仕方がない。
それに、代々双鬼一族の侍女、侍従として一心に彼らに仕えてきた我が家系を誇りに思っている。そしてその職務をまっとうしたいとも。
(うん、頑張る)
鈴音が両頬をパン、パンッと叩いたときだった。
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布団のなかで目を覚ました鈴音はむくりと起き上がり、部屋のなかを見まわした。
枕もとには水が入った湯呑みと、鉄分豊富な外来種の果物が小皿に載せて置いてある。
この部屋の主である極夜の姿はどこにもない。
鈴音は両頬に手を当ててうつむく。
(また、へんな夢を見ちゃった……)
秘かに恋い焦がれる極夜に、体の隅々まで愛されている夢だ。
(私ったら……欲求不満なのかしら)
自身の胸もとをじいっと見つめる。
いつも疑問に思う。彼に給仕したあとは着物が寝間着に変わっているのだ。
いったいだれが着替えを――と思うが、思い当たるのは一人しかいない
(極夜さまが……着替えを……してくださっているのよね)
申し訳ない気持ちが先に立ち、どうにもいたたまれなくなる。
彼は言葉数こそ少ないものの、とても優しい男性だ。
(着替えをしてくださるし、貧血にならないよう果物を用意してくださるし)
そして、あの美貌だ。
この紅国《こうこく》における唯一無二の君主、極夜。
彼は、双鬼一族と暁光一族が統合されるきっかけになった先々代の双鬼当主、哉詫《かなた》の生き写しなのだという。
(双鬼一族はきっと美形ぞろいなのだわ)
極夜のことは彼がそこにいなくても鮮明に思い出せる。もう二十年近くそばで見てきたのだ。本人を見ずとも姿絵を起こせる自信がある。
艶のある黒髪はいつだって光の輪を冠している。整った目鼻立ちはだれかが完璧に描いたのではないかと疑ってしまうほどだ。
薄茶色の透き通った瞳は吸血のときにだけ紅くなる。それはまるで瞳に炎が宿ったようで、神秘的だ。
(私は、極夜さまの糧――)
眠る前に彼が言ったことだ。
(きっと、私が勘違いをして差し出がましいまねをしないように、と……釘をお刺しになったのだわ)
いまはまだ独身の彼だが、いずれは身分の高い女性と結婚するだろう。
吸血されているとき、まるで愛されているような錯覚に陥る。きっと彼にもそういう誤解を与えている自覚があって、「愛人にして欲しい」などと言われないように『ただの糧でしかない』と言い切ったのだ。
鈴音は瞳にうっすらと涙を浮かべてうつむく。
(私が……どこかの国のお姫様だったら)
そうしたら、極夜は自分を娶ってくれただろうか。
いや、ないものねだりをしても仕方がない。
それに、代々双鬼一族の侍女、侍従として一心に彼らに仕えてきた我が家系を誇りに思っている。そしてその職務をまっとうしたいとも。
(うん、頑張る)
鈴音が両頬をパン、パンッと叩いたときだった。