目の前のふすまがすうっと開いた。
突如、現れた極夜を見て鈴音の胸はトクンと高鳴る。
「お、おかえりなさいませ」
鈴音はあわてて布団から出た。主の部屋でいつまでも眠っていては、侍女失格だ。
急に立ち上がったからか、足もとがおぼつかずふらつく。
倒れそうになった鈴音の体を、極夜は抱きしめるようにして支えた。
「……っ!」
たくましい腕に抱きとめられ、瞬く間に頬が熱くなる。
「申し訳ございません」
「……ん」
うなるような美声が耳のすぐそばで響く。時が止まってしまったように感じているのは、自分だけ。
転びそうになったところを助けてくれただけなのだ。抱擁ではない。
(極夜さまは本当にお優しい)
でも、それがよけいにつらい。いっそのこと、ぞんざいに扱ってくれたなら、とも思う。
(ううん、欲張ってはいけない)
そばにいられるだけでも大変な栄誉なのだ。彼にあれこれと不満を抱くのはお門違いである。
鈴音は深く頭を下げて極夜から離れた。首すじのあたりに手を当ててあらぬほうを見ていた極夜だが、その手をゆっくりと下ろして帯をゆるめはじめる。
(あ、お召し替えなさるのね)
いま彼が着ているのは謁見や会合といった公的な場でまとう着物だ。
重厚な生地の着物を受け取り、衣紋掛けに通す。それからべつの――普段着の――着物を持って彼のもとへ戻る。極夜は無言で袖を通す。この着物でよかったようだ。
「……庭へ出る」
それは「庭を散歩するからついてこい」という意味なのだと、最近になってようやく理解した。
鈴音は「はい」と返事をして彼についていく。
城の庭は迷ってしまいそうなほど広大で、そして入り組んでいる。実際、幼いころには何度か迷子になってしまった。そのたびに見つけ出してくれたのが極夜だ。
(いまでもきっと、一人で歩いていたら迷う)
森のように木々が生い茂った小道はどこも同じような風景なのだ。むしろ極夜はなぜ迷わないのだろうと疑問にすら思う。
鈴音は極夜の背を追いかけてひたすら歩く。いったいどこへ向かっているのだろう。
途中、茂みをかきわけて進むこともあった。枝木をかきわけてくれたのは極夜なので、鈴音は難なく先へ行くことができた。
「わぁ……!」
初めて来る場所だった。季節の花が咲き乱れる野原だ。
鈴音は惚け顔で「きれい」とつぶやく。
極夜はそばにあった平らな岩の上に腰を下ろした。こちらをじいっと見つめてくる。
「なんだろう?」と思いながら首を傾げると、彼は岩の上をポン、と叩いた。
前 へ
目 次
次 へ
突如、現れた極夜を見て鈴音の胸はトクンと高鳴る。
「お、おかえりなさいませ」
鈴音はあわてて布団から出た。主の部屋でいつまでも眠っていては、侍女失格だ。
急に立ち上がったからか、足もとがおぼつかずふらつく。
倒れそうになった鈴音の体を、極夜は抱きしめるようにして支えた。
「……っ!」
たくましい腕に抱きとめられ、瞬く間に頬が熱くなる。
「申し訳ございません」
「……ん」
うなるような美声が耳のすぐそばで響く。時が止まってしまったように感じているのは、自分だけ。
転びそうになったところを助けてくれただけなのだ。抱擁ではない。
(極夜さまは本当にお優しい)
でも、それがよけいにつらい。いっそのこと、ぞんざいに扱ってくれたなら、とも思う。
(ううん、欲張ってはいけない)
そばにいられるだけでも大変な栄誉なのだ。彼にあれこれと不満を抱くのはお門違いである。
鈴音は深く頭を下げて極夜から離れた。首すじのあたりに手を当ててあらぬほうを見ていた極夜だが、その手をゆっくりと下ろして帯をゆるめはじめる。
(あ、お召し替えなさるのね)
いま彼が着ているのは謁見や会合といった公的な場でまとう着物だ。
重厚な生地の着物を受け取り、衣紋掛けに通す。それからべつの――普段着の――着物を持って彼のもとへ戻る。極夜は無言で袖を通す。この着物でよかったようだ。
「……庭へ出る」
それは「庭を散歩するからついてこい」という意味なのだと、最近になってようやく理解した。
鈴音は「はい」と返事をして彼についていく。
城の庭は迷ってしまいそうなほど広大で、そして入り組んでいる。実際、幼いころには何度か迷子になってしまった。そのたびに見つけ出してくれたのが極夜だ。
(いまでもきっと、一人で歩いていたら迷う)
森のように木々が生い茂った小道はどこも同じような風景なのだ。むしろ極夜はなぜ迷わないのだろうと疑問にすら思う。
鈴音は極夜の背を追いかけてひたすら歩く。いったいどこへ向かっているのだろう。
途中、茂みをかきわけて進むこともあった。枝木をかきわけてくれたのは極夜なので、鈴音は難なく先へ行くことができた。
「わぁ……!」
初めて来る場所だった。季節の花が咲き乱れる野原だ。
鈴音は惚け顔で「きれい」とつぶやく。
極夜はそばにあった平らな岩の上に腰を下ろした。こちらをじいっと見つめてくる。
「なんだろう?」と思いながら首を傾げると、彼は岩の上をポン、と叩いた。