双鬼と紅の戯曲 ~君主は秘かに専属侍女を愛でる~ 《 第一章 03


(となりに座れ――ってこと?)

 鈴音は「失礼します」と言っておずおずと極夜のとなりに腰掛ける。
 ちらりと彼を見やると、どことなく満足そうだった。

(一人で花を見てもつまらないものね。ああ、そうだ。私なりの感想を述べよう)

 そうすれば、少しは彼を楽しませることができるかもしれない。
 鈴音は顔をほころばせ、咲き誇る花々を指さしながら「あの花の色が好きだ」とか「あれは珍しい形だ」と思ったままを話した。
 極夜はというと、「そうか」というような短いあいづちばかり打つのだが、それはいつものことなので気にならない。

(極夜さまとこうしてたわいない話をするの、楽しい)

 いつまでもこうしていたい。この幸せが、ずっと続けばいい――。



「け――っこん!?」

 庭から戻り、極夜と別れて自室へ戻ろうとしているときだった。

「うん、そうなんだよねー」

 極夜の双子の弟である白夜《びゃくや》に廊下で呼び止められ、彼と立ち話をすることになった。
 鈴音はしばらく開いた口が塞がらなかった。

(それは……いつかはそうなると思っていたけれど)

 白夜の話では、暁国の二の姫から婚約の申し入れがあったらしい。そして、かの姫は明日にでもこの城に到着するとのことだ。

(極夜さまが、ご結婚なさる……)

 陽が沈み、薄暗くなった廊下で鈴音は呆然と立ち尽くした。
 すっかり意気消沈している鈴音を見て、白夜は「うーん」とうなりながら腕を組んだ。

「まぁなんていうか、政略結婚みたいなもんだよね。そうそう、暁国の二の姫っていったら、ものすごい美人らしいよ?」
「そう……なのですか」

 白夜の話は耳に入ってくるものの、脳が理解することを拒んでいるのか、言葉の意味をいまいち噛み砕けない。
 鈴音は呆けたまま白夜と向かい合う。
 極夜と白夜は双子なので顔はそっくりだが、髪の色が違う。白夜はまばゆいまでの金髪だ。それから、性格もだいぶん異なっている。白夜はよくしゃべるし、おせっかい――もとい、世話好きだ。

「鈴音はさぁ、いまのままでいいわけ?」

 ――白夜はなにを言いたいのだろう。

「……私はただの侍女ですから」

 望んで手に入るのならばそうしたい。しかし、侍女でしかない自分が極夜に求婚したところで、迷惑になるだけだ。
 すると白夜はむくれ顔になった。

「まあ、俺がとやかく言うことじゃないけど……。後悔しても知らないからね」

 白夜は「ふんっ」と鼻息を荒くしてきびすを返す。
 そのうしろ姿を、鈴音は焦点の合わぬ瞳で見送った。

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