双鬼と紅の戯曲 ~君主は秘かに専属侍女を愛でる~ 《 第一章 04

 極夜が結婚するのだと聞いた翌日。
 茶と血の給仕の時間がやってくるのを、二十年間で初めて憂鬱に感じた。
 このふすまを開けるのは気が進まない。けれど、「彼が結婚するからつらい」などという身勝手な理由で侍女の職務を放棄するわけにはいかない。
 鈴音は極夜の部屋の前に座り、「失礼します」と声を上げた。なかからはいつもどおり「ああ」という極夜の言葉が返ってくる。
 ふすまの取っ手に右手を掛けてほんの少し開く。そのあとはふすまの下部に手を当てて右へ押し開く。慣れた動作だというのに、今日はふすまがやけに重く感じる。
 鈴音は極夜の顔を少しも見ることなく茶と菓子を差し出した。部屋の隅で待機する。
 菓子を食べる音、茶を飲む音が聞こえてくる。彼はあいかわらず飲み食いが早い。

「……どうかしたか?」

 よほど浮かない顔をしていたのか、珍しく極夜に話しかけられた。

「あ、ええと、その……」

 鈴音はうつむいたまま視線をさまよわせた。浮かない顔の理由を素直に話すべきだろうか。

(ううん、だめ……。困らせたくない)

 鈴音は大きく息を吸い込む。

「極夜さまはご結婚なさるとお聞きしました。おめでとうございます」

 そうして一息に言ってしまったあとで、目頭が熱くなった。
 お祝いの言葉なんて言いたくなかった。
 結婚なんてして欲しくない。
 ほかのだれかがこの部屋で彼と仲睦まじく過ごすところなんて、見たくない――。
 泣きそうになっているのを知られないように、めいっぱいうつむいて唇を噛み締める。
 だから、彼がすぐそばにきているということに気がつかなかった。
 腕を引かれ、腰を抱かれる。ごく間近で顔を突き合わせる。

「――っ!?」

 彼の麗しい顔をこれほど近くで見るのは初めてだから、瞬く間に緊張してのぼせ上がる。
 極夜はなにか言いかけた。しかし言葉はなく、鈴音が身に着けている若草色の着物の帯を強引に解いてゆるめる。
 あまりにも強くそうされたものだから、着物の衿合わせがはらりと左右に開いた。

「あっ」

 あわてて胸もとを押さえると、首すじに鋭い痛みが走った。極夜が牙を突き立てたのだ。

「んっ……!」

 いつもの吸血よりも格段に荒々しい。肌を舐めて慣らすようなこともなかった。
 それでも、吸血による快楽はふだんと変わらずもたらされる。
 彼に血をすすられると、まるで性感帯を刺激されているような心地になるのだ。
 そのことに気がついたのは五年ほど前だが、性的快感を得ているのだとは知られたくなくてだれにも打ち明けていない。もっとも、極夜はほかの女性を吸血しないので、ほかにはだれも知りえないことだ。

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