双鬼と紅の戯曲 ~君主は秘かに専属侍女を愛でる~ 《 第二章 02

 椿は鼻息を荒くしながら茶屋ののれんをくぐった。店内はたいそうにぎわっていた。五つある長椅子の四つには先客がいる。
 長椅子は大人四人ほどが腰掛けられるほどの大きさだった。椿と瀧はその中央に二人で座る。

「やぁ、これはまたべっぴんさんだね。いらっしゃい」

 恰幅のよい店主がさっそく、茶と団子を運んでくる。

「わぁ、おいしそう。いただきまーす」

 団子の串をつまみ、口を大きく開けて頬張る。ほどよく弾力があり、甘さもちょうどよい。

「んん」

 もぐもぐと口を動かしながら団子の味を噛み締めていると、

「――ここ、いいかな?」

 声がしたほうを見上げる。
 思わず、手に持っていた団子を落っことしそうになった。
 心臓をぶち抜かれるというのはこういうことに違いない。
 穏やかにほほえむその人のすべてに、椿は瞬《まばた》きひとつのあいだに魅了された。
 金の髪はまるでそれ自体が光を発しているようにまばゆい。薄茶色の瞳は優しさをたたえていて、穏やかに上がった口の端が極上のほほえみを与えてくれる。
 ドクン、ドクン。見つめている時間が長くなるほど、目が離せなくなるような気がした。
 その人が小首を傾げる。ああ、そういえば――「いいかな」と訊かれたのだった。
 なにが「いい」のかわかりもせずコクコクとうなずくと、男性は「ありがとう」と言って椿のとなりに腰を下ろした。

(ああ、満席だから……)

 男性は椅子の端のほうに座った。もっと近くてもいいのにと思ったが、それはそれで緊張してしまいそうだ。
 恰幅のよい店主が、茶と団子が載った盆を持って男性のところへやってきた。

「おや、白夜さま。またこのようなところにいらして」

 男性は盆を受け取りながらニッと笑う。人懐っこい笑みだ。

「ここの団子がうますぎるから仕方ないんだって」
「――白夜、さま!?」

 突然、口を開いたのは瀧だ。目を剥いて、金髪の男性を凝視している。

「つかぬことをお伺いしますが、もしや……紅国主さまの弟君であらせられますか?」

 男性はほほえんだまま団子を食べたあとで、

「うん、そう。……あらせられる、なんて初めて言われたな。弟君っていうのも。なんだかむずがゆい。もっと気軽に――そうだな、名前で呼んでもらえると助かる」

 困ったように笑う彼の名を、椿は無意識的に呼んだ。

「……白夜さま」

 惚けたようすでつぶやく椿を見て瀧は苦笑する。

「その……こちらは暁国二の姫、椿さまでございます。どうぞ、お見知りおきを」
「ああ、きみが……! ――って、なんで姫さまが団子屋にいるの」

 椿はぎくっとして身を硬くする。瀧は顔を赤らめるばかりでなにも答えない。自国の姫が「団子が食べたい」と言って寄り道している、とはさすがに言いづらいのだろう。

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