双鬼と紅の戯曲 ~君主は秘かに専属侍女を愛でる~ 《 第二章 04

 白夜をうしろに乗せて椿は馬を走らせる。

(な、なんだか緊張する……。どうしてかしら)

 毎日のように馬に乗って暁城の周辺を駆け巡っているというのに、なぜだろう。馬に乗りはじめたころのようにどきどきと胸が高鳴って緊張を煽る。

(もしかして、二人乗りをしているから……?)

 うしろに乗せている男性《ひと》のことを意識したとたん、ドクッと大きく心臓が跳ねた。
 密着とまではいかないが、ときおり大きく馬が揺れる。すると背中に彼の体が触れ、そのたびに胸がうるさく鳴るのだ。

(……でも、へんね)

 これまでだって男女問わずうしろに乗せて馬を走らせてきた。体が触れ合うことだってたくさんあった。
 それなのにどうしていまは、こんなにもどきどきとして落ち着かないのだろう。

(考えても仕方ないわ)

 椿は気を取り直して、移りゆく景色に目を向ける。
 田畑ばかりだったが、しだいに家屋や宿屋が多くなってきた。人通りもずいぶんと増えた。

「城への近道を教えようか」
「ひゃっ!?」

 耳もとでいきなり声を出すのはやめてほしい。わき腹のあたりをゾクゾクとしたなにかが走り抜けて、どうにもいたたまれなくなった。

「どうかした?」
「いっ、いいえ……! 道を教えていただけますか」
「じゃあ、手綱を変わるよ。この先は近道だけど上り坂で、少し入り組んでいるんだ」
「は、はい」

 白夜は椿を抱き込むようにして手綱を取る。

(こ、これは……まずいわ)

 心臓はもはや早鐘だ。体をなかば包み込まれているような恰好だ。
 でこぼこの山道は傾斜があるので常に彼と体が触れ合う状態だし、揺れが激しいものだからどれだけふんばっても彼にもたれかかってしまう。
 顔が、熱い。風邪を引いたときのように脈も早い。病気になってしまったのではないかとさえ思う。
 彼の胸が厚くたくましいのがよくわかる。きっと思いきり体をあずけてもびくともしないのだろう。

「ほら、見えてきたよ」

 耳もとに吹き込むようにして紡がれた言葉で、椿は我に返り前を見る。
 いつの間にか紅の城が姿を現していた。

「まぁ……! 立派なお城ですね」
「そう? 暁の城のほうが大きいって聞いたよ」
「ただ広いだけで、これほど美しくはありません」

 入母屋《いりもや》と唐破風《からはふ》を伴った天守閣は荘厳だった。壁は夕陽に染められずとも紅色だ。いただきを飾る黒い瓦とのコントラストがとても美しい。

「お褒めにあずかり光栄です。今度、暁の城にも行ってみたいな」
「ぜひ、お越しくださいませ」

 そうして話をしていても、やはり胸はトクトクと鳴りっぱなしだった。

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