(私……本当に、病気ではないわよね!?)
しかし熱っぽいのとは違う。くしゃみも鼻水も、咳だって出ない。
紅の城の美しさに見とれつつも、椿は依然として続く動悸を悩ましく思っていた。そうこうしているあいだに城へ到着する。結局、それまでずっと白夜が馬を操った。なかなか気難しい馬だというのに、素晴らしい手腕だった。
椿と瀧は客間に通された。茶を運んできた侍女と入れ違いで白夜は出て行く。
「極夜を呼んでくるから、少し待っていてもらえる?」
それには瀧が「よろしくお願いします」と答える。
(ああ、そうだった……)
そもそもなぜこの城に来たのかというと、紅の君主に会うためだ。
城に着いて浮かれていた椿だが、いっきに気が沈んだものの、ほどなくして戻って来た白夜の言葉を聞いてホッとすることになる。
「ごめん、ちょっと取り込み中みたいで」
白夜は申し訳なさそうな顔をして畳の上に座る。椿の向かいだ。
「きみには、あらかじめ伝えておく。じつは俺の兄には想い人がいるんだ。だから、きみとの結婚は――……」
「それはちょうどいいです!」
「ひっ、姫さまっ!」
白夜に「えっ?」と訊き返された椿はあわてて両手で口を覆う。瀧はそれ以上なにもしゃべらなかったが、「まったくこの姫は!」と顔に書いてあった。
「あ、いえ……その」
椿は視線をさまよわせながらコホンと咳払いをする。
(なぁんだ……! 紅の君主も、私と結婚する気なんかないじゃない!)
口もとがほころぶのをなんとかしてがまんしながら椿は白夜に尋ねる。
「それで、極夜さまの想い人とはどのようなお方なのですか?」
「どのような――か。うーん……」
白夜は兄の恋する人が幼なじみであることや、侍女をしていることを話してくれた。
「極夜はもうずいぶん前から鈴音のことが好きなんだ。だから、なんとか取り持ってやりたいんだけど……。なかなかうまくいかなくて」
「そうなのですか……。それは、ぜひおふたりに幸せになってもらいたいです」
「きみはそれでいいの?」
顔をのぞき込まれるようにして訊かれ、どきっとする。
この胸の鼓動がいったいどういうたぐいのものなのか、説明できない。
「……正直にお話しします。私はまだ結婚なんてしたくありません。婚約を申し入れたのは、城の者たちが勝手にしたこと」
「ああ、そうなんだ」
ホッとしたようすで白夜は息をついた。
「それにしても、想い合っているのに通じないだなんて、悲しすぎます。なにかきっかけがあれば、きっと……」
椿はあごに手を当てて、なにげなく瀧のほうを見る。
それから、他人事のような顔をしてそこにいた瀧を見つめ、ニイッと口の端を上げて「いい考えがある」と言うのだった。