双鬼と紅の戯曲 ~君主は秘かに専属侍女を愛でる~ 《 第三章 01

 茶会の報せが届いたのは暁の二の姫が紅城に到着して間もなくのことだった。
 てっきり給仕のために呼ばれたのだと思った鈴音は、「めかしこんできて」と白夜に言われて戸惑う。

「椿姫の要望なんだ。きみにも茶会に参加してほしいんだって」

 鈴音は私室の前の廊下にいた。白夜の顔を見上げる。

「それは……なぜでしょうか」
「さぁね? とにかく、着替えてから桜庭《さくらば》へおいで。待ってるから!」
「あ、白夜さま……!」

 彼は「これ以上はなにも訊くな」と言わんばかりに背を向けて足早に去ってしまった。
 鈴音は私室へ戻り、桐箪笥のなかを「ああでもない、こうでもない」と漁った。
 そうして、よそいきの――花の模様が散りばめられた、幾分か袖の長いものを選んで着る。

(茶会だなんて……緊張する)

 給仕ならば慣れているが、茶を飲む側となると初めてなのでいまいち勝手がわからない。
 庭へ出た鈴音は無数の桜が植えてある場所へと急いだ。そこはこの時期によく茶会場として使われる。

(それにしても、どうして暁の二の姫さまは私をお呼びになったんだろう……?)

 顔見知りではないし、接点もまったくない。

(極夜さまのお世話をしているから――とか?)

 二の姫――椿は極夜のことを知りたくて自分を呼び出したのかもしれない。そう思うと、チクリと胸が痛んだ。
 まだ見も知らぬ姫に、嫉妬している。

(だめだめ……。おふたりの幸せを願うと決めたのだから)

 鈴音はぶんぶんと首を大きく横に振り、邪念を振り払う。
 桜庭に着くと、茣蓙《ござ》の上に皆がそろっていた。どうやら白夜が亭主となって茶を点《た》てるようだ。
 白夜のななめ前に極夜がいる。桜の下《もと》にいる極夜の美しいこと。思わず目を奪われる。

「あなたが鈴音さんね? どうぞ、こちらへ」
「は、はい」

 極夜のとなりには暁の二の姫とおぼしき女性がいた。その横には彼女の従者らしき男性が座っている。鈴音は草履を脱ぎ、従者の男性からは少し距離をとって腰を下ろした。
 白夜が茶箱を運び、点前《てまえ》をはじめる。
 鈴音は白夜の点前を眺めるふりをしつつ、その向かいにいる姫を盗み見た。

(椿姫さま、とてもお美しい……)

 これでは、きっと極夜はすぐに彼女を気に入ってしまう。

(――って、それでいいのよ)

 美男美女でお似合いだ。喜ばしいことだ。
 自分自身に必死にそう言い聞かせて、鈴音は秘かにため息をついた。


「き、きみ……かわいいねー。あっちで僕と話さない?」

 茶会が終わるとすぐ、二の姫の従者――瀧に声を掛けられた。鈴音はきょとんとして何度もまばたきをする。

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