双鬼と紅の戯曲 ~君主は秘かに専属侍女を愛でる~ 《 第三章 02


「さ、行こう」
「え? あ、あの」

 手首をつかまれ強引に立たされる。瀧は苦笑いを浮かべながらも鈴音の手を引いて桜の庭を歩いた。
 ひときわ大きな桜の木の前までくると、瀧は両手を胸の前に合わせて「申し訳ございません」と謝ったあとで鈴音に耳打ちする。

「じつは、姫さまから言いつけられておりまして……。あなたに言い寄るふりをして極夜さまを煽れ、と」
「ええっ!?」

 ふたりはごく近い距離で内緒話をする。

「どういうことですか?」
「姫さまはまだ結婚する気はないのです。それに、どうやら弟君――白夜さまをお気に召されたようで」
「そう、なのですか……」

 しかしまだ安心はできない。極夜が椿を気に入って、強引に結婚を進めてしまう可能性もある。

(だ、だからっ……! 私ったらどうしてこうなの)

 結局のところ、極夜にほかの女性と結婚してほしくないと思っている。それが、正直な気持ちなのだ。
 自分の心の狭さに愕然としていると、急に体をうしろへ引っ張られた。

「――っ、極夜さま!?」

 いつの間にそこへ来ていたのか、極夜に体を抱き込まれる恰好になっていた。
 向かいにいた瀧の顔が青ざめた。極夜はよほど恐ろしい形相をしていたのだろう。

「どど、どうぞ鈴音さんとごゆっくり! 僕の話は終わりましたから!」

 瀧はそう言い捨てて、逃げるように去っていった。

「……あの男となにを話していた?」

 低くかすれた声だった。怒気を含んでいるのがわかる。

「あの方は……椿姫さまに言われたそうなのです。私を連れ出して……その……極夜さまを煽れ――と」

 そう言ったあとで鈴音は彼のほうを振り返った。

(でも、煽るって……どういうこと?)

 鈴音は首を傾げて極夜を見上げる。すると極夜の頬がみるみるうちに赤くなっていった。

「――きゃっ!」

 甲高い声とともに、向かいの桜の木から椿姫が踊り出る。そのあとを追って白夜も姿を現し、転びそうになっていた椿の腕と腰をつかんで支えた。

「椿姫さま、それに白夜さまも……!?」

 そこでいったいなにをしていたのだろう。

「いやぁ……はは。ふたりのようすが気になっちゃって――って、ちょっと極夜!」

 極夜はきびすを返して歩き出してしまった。

「ああ、あれは……アレだね。恥ずかしくて逃げたね」

 白夜は続けて言う。

「ほら、鈴音。追いかけて!」

 鈴音はわけがわからず目を見張る。

「好きなんでしょ、極夜のこと。だったら追いかけるんだ」
「鈴音さん、頑張って!」

 今日はじめて会ったばかりの椿にまで応援されてしまった。

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