双鬼と紅の戯曲 ~君主は秘かに専属侍女を愛でる~ 《 第三章 03

 心に秘めていたはずの想いをふたりに知られているのが恥ずかしいけれど、いまは彼らの言うことを素直に聞くべきだ。
 鈴音は大きくうなずいて歩き出す。だんだんと歩く速さが増す。でなければ彼を見失ってしまう。
 薄桃色の花が風に舞うなか、鈴音は極夜を追ってひた走った。

「――極夜さま!」

 久しぶりにこんな大声を出した。
 呼び止められた極夜が振り返る。戸惑っているような顔をしていた。
 鈴音は極夜のすぐそばまで行って、息を整えた。
 桜の花びらが強風に煽られてひらひらと舞う。
 想いを告げたら迷惑になるだとか、応えてもらえないだとか――そんなことはもう気にしない。
 ただ、伝えたい。秘めることのできないこの想いを。

「極夜さまのことが好きです。ずっとずっと……子どものときから、もう何年も……好きなんです!」

 呼吸が乱れているのは走ったせいか、あるいは気が高揚しているせいか。
 自分自身の息遣いをうっとうしく感じながらも鈴音は言葉を足そうとした。
 彼のなにが好きなのかを、伝えるために。
 しかしそれは叶わない。
 唇を、塞がれてしまったから。

「んっ……!?」

 息をするのを忘れてしまいそうになった。いや、一瞬息が止まっていたと思う。
 極夜は鈴音の唇を貪るように荒々しく何度も食んだ。そっと唇を離し、瞳を見つめたあとで鈴音の肩に顔をうずめてつぶやく。

「――俺もだ」

 それは、とても短い肯定の言葉。
 けれどそれでじゅうぶんだった。
 想いが伝わった。気持ちを返してくれた。
 瞳から涙が噴き出す。とめどなくあふれてくる。嬉し涙だ。

「好き、です……極夜さま……好き、大好き」

 彼の背に腕をまわしてぎゅうっと抱きつくと、それ以上の力で抱きしめ返してくれた。
 ああ、これは夢なのではないか。幸せすぎて、ほかのことがなにも考えられない。
 鈴音はうっとりと極夜の顔を見つめる。
 やがて極夜が歩き出した。夢見心地のまま手を引かれ、庭を抜けて離れの間に連れて行かれる。切妻屋根の、こぢんまりとした建物だ。
 彼と手をつないで歩くのは子どものとき以来だった。建物のなかへ入るとつないだ手が離れてしまったので少し寂しかった。

(どうしてここにいらしたんだろう?)

 桜庭ではなくこの離れの間にやって来た理由がわかならい。極夜はなにも言わない。
 六畳ほどの部屋にふたりして入る。

「……鈴音」

 ふすまを閉めるなりうしろから抱きすくめられた。
 極夜は鈴音に頬ずりをしてから耳もとでささやく。

「くちづけだけでは足りない」

 生温かい舌が耳たぶをねぶり、柔らかな唇が耳の厚くなっている部分を甘噛みしてくる。

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