森の魔女と囚われ王子 《 第一章 03

「うん、とてもおいしいよ。このジャムも、もらって帰っていいかな。カトリオーナが喜ぶ」

 ロランはふたたびおいしそうにスコーンをほおばった。リルは「もちろん」と答える。
 カトリオーナとは彼の一人娘の名前。たしか今年で十六歳、社交界デビューの年齢だ。

「そうだ、お兄様。ジャムと引き換えに、と言ってはあれだけど、お願いがあるの」
「なんだい? 可愛い妹の願いならなんでも叶えてあげるよ」

 ジャム欲しさに調子のいいことを言っているのは明白だが、リルもそれを利用する。

「西に住む王子様を紹介してくださらない?」
「……は? なんだい、それは。まさかよその国に嫁ぐ気なのか」
「違うわ。これ以上老けない――いえ、若さを保つために、西の王子が必要なの。天からのお導きがあったの」

 ああ、また占いか、と呆れたようすでつぶやきながらロランはあごに手を当てた。

「そうだな……。じゃあ、来週の仮面舞踏会にきみも参加するといい」
「ええっ!? いやよ、舞踏会なんて」
「その舞踏会には各国の要人が集まるんだ。西の王子と言ったね? 西の小国、ルアンブルの王子も、出席するはずだよ」
「ふうん……。でも、舞踏会は嫌」

 この黒い髪の毛と紅い瞳を見られるのが嫌だ。ひとが大勢集まるところには行きたくない。ロランはリルの心のうちを見透かして提言する。

「髪の毛は、そのときだけ染めればいいじゃないか。瞳は、仮面をつけるからさほど目立たないし。まあ僕は、どちらも隠す必要なんかこれっぽっちもないと思うけどね。このうえなく美しいから」
「お世辞はやめて。髪を染めるのは……自分を偽るみたいで、嫌なのよ」
「そのときだけなんだから、我慢しなさい。それに、歳をとれば白髪になって、嫌でも染めなければならなくなる」

 リルは唇を引き結び、まぶたを細めて兄を見つめた。いっぽうのロランはいかにも「しまった」というふうに視線を逸らした。妹の機嫌を損ねたと思ったのだろう。

「……わかったわ。その仮面舞踏会に、私も連れて行って」

 あまり気乗りはしないが、願いを成就させるためには仕方がない。

「うんうん、その意気だ。では、ジャムを頼むよ」

 リルは「はいはい」と返事をして立ち上がる。
 キッチンでミックスベリージャムを小瓶に詰めていると、玄関のドアノッカーがコン、コンと控えめに鳴った。
 リルはロランがやってきたときと同じように返事をして玄関へ歩いた。

「こんにちは、レディ・マイアー」
「ご機嫌うるわしゅうございますか、マレット男爵」

 レディのお辞儀をして、太陽のような髪色をした男性を屋敷のなかへ招き入れる。リルの家は貴族の邸宅らしからぬワンルームだ。メイドもいないこの屋敷では無駄にいくつも部屋があったところで掃除が大変だから、リルの希望でそうなっている。
 ロランは屋敷のなかに入ってきたマレット男爵を見て、ティーカップをソーサーに戻して立ち上がった。

「リル、紹介してくれるかい」

 ロランに言われ、リルはふたりを順番に紹介する。

「こちらはフランシス・マレット男爵です。私の薬を買い取ってもらっています。マレット男爵、こちらは私の兄でロラン・マイアー、トランバーズ伯爵。今日は私が調合した毛――け、健康増進薬を取りにきていたところです」

 あやうく「毛生え薬を取りにきた」と口を滑らせてしまうところだった。マレット男爵はリルが言い直したことをとくに気にしているようすはない。ロランのほうも顔色は変わらないが、ぴくんと眉が動いたのをリルは見逃さなかった。
 マレット男爵が緑色の瞳を細めて微笑する。

「そうですか。レディ・マイアーの薬はとてもよく効くと、わが商会内でも評判です」

 ロランもマレットに合わせて顔をほころばせる。

「それは、僕も鼻が高い。さあどうぞ、お座りください」

前 へ    目 次    次 へ