「ご気分はいかがですか?」
「はい、さっきよりは……格段にいいです」
「そうですか、よかった。少し庭を散歩しませんか」
リルの手から空のグラスを受け取り、それとは別の手を王子はリルに差し伸べた。彼に引っ張り上げられるようにして立ち上がり、そのままふたりで歩き出す。
臭気が漂うこの場所にいつまでもいたくないのはリルも同じだ。庭を汚してしまったことを、あとで主催者に謝罪しなければならない。
吹き抜ける夜風は熱を帯びた頬にはちょうどよかった。酒はまだ体のなかに多分に残っているから、全身がどくどくと熱い。
リルは王子に手を引かれ、無言でゆっくりと歩いた。
仮面をつけているとはいえ王子の横顔は凛々しかった。鼻梁は高く一直線にとおっている。ダンスホールからの薄明かりに照らされた横顔――輪郭はとても美しく、まるで彫刻のように整っている。
夜風で揺れる白金髪は一本一本が透きとおっているようだった。前髪は長めだが襟足は短く、清潔感がある。
ふと、王子が立ち止まった。盗み見ていたのが知れてしまったのかと思い、うつむく。おずおずと尋ねる。
「あの……。ダンスは、よろしいのですか? ご令嬢がたがあなたをお待ちなのでは」
「ああ……少し踊り疲れてしまって。休憩しているんです」
「その、ごめんなさい。ご休憩中に、ええと……たいへんなご迷惑をおかけして」
「いいえ、とんでもない。それより、僕になにか用があったのではないですか」
「え」と短く発して彼の顔をあおぎ見る。
「僕の思い違いかもしれませんが、ずっとあなたの視線を感じていた」
「……っ」
王子は視線に敏いらしい。もしかしたらダンスホールでも、不躾なほど彼を見つめてしまっていたのかもしれない。
ここまで醜態をさらしているのだからもうこれ以上のことはない。ひらき直ってリルは王子に乞う。
「あ、あなたの体液を……私に、ください!」
カシャンッ、と鋭い音を立ててグラスが茂みのうえに落ちて割れた。仮面をつけているから表情はよくわからないが、きっと驚いている。口が半分だけぽかんと開いている。
表情がわからないのは彼も同じだ。リルの目もとも、いまだに仮面に覆われている。
「――はは、おもしろいひとだね。あなた、名前は?」
くっ、くっと笑いながら王子が尋ねてきた。
「……リル・マイアーです」
「僕はオーガスタス・クレド・ルアンブル。さてリル、面倒だから敬語はなしにしよう。名前も呼び捨てでいい。それに、たぶん僕のほうが年下だしね。それで……なに? 僕の体液が欲しいって?」
年下、という言葉にむっとしながらも事実なのでそこは言及しない。
「そうよ。あなたの体液を搾取すれば若さを保てるって、占いで出たの。私は本気よ。あなたを誘拐する覚悟で、きたの」
本当は誘拐などする気はないが、酒の勢いで脅しにかかっている。なかばやけにもなっている。
「ふうん、若さねえ……。それじゃあ、あなたのこといろいろと教えてよ」
「いろいろ……って?」
「そうだな……。どこに住んでるのかとか、そういうこと」
「え、ええと――」
森のなかにひとりで住んでいること、薬を売って生計を立てていることをリルは話した。いきおくれの公爵令嬢だとか、そういうことは聞かれなかったので語らない。
「はい、さっきよりは……格段にいいです」
「そうですか、よかった。少し庭を散歩しませんか」
リルの手から空のグラスを受け取り、それとは別の手を王子はリルに差し伸べた。彼に引っ張り上げられるようにして立ち上がり、そのままふたりで歩き出す。
臭気が漂うこの場所にいつまでもいたくないのはリルも同じだ。庭を汚してしまったことを、あとで主催者に謝罪しなければならない。
吹き抜ける夜風は熱を帯びた頬にはちょうどよかった。酒はまだ体のなかに多分に残っているから、全身がどくどくと熱い。
リルは王子に手を引かれ、無言でゆっくりと歩いた。
仮面をつけているとはいえ王子の横顔は凛々しかった。鼻梁は高く一直線にとおっている。ダンスホールからの薄明かりに照らされた横顔――輪郭はとても美しく、まるで彫刻のように整っている。
夜風で揺れる白金髪は一本一本が透きとおっているようだった。前髪は長めだが襟足は短く、清潔感がある。
ふと、王子が立ち止まった。盗み見ていたのが知れてしまったのかと思い、うつむく。おずおずと尋ねる。
「あの……。ダンスは、よろしいのですか? ご令嬢がたがあなたをお待ちなのでは」
「ああ……少し踊り疲れてしまって。休憩しているんです」
「その、ごめんなさい。ご休憩中に、ええと……たいへんなご迷惑をおかけして」
「いいえ、とんでもない。それより、僕になにか用があったのではないですか」
「え」と短く発して彼の顔をあおぎ見る。
「僕の思い違いかもしれませんが、ずっとあなたの視線を感じていた」
「……っ」
王子は視線に敏いらしい。もしかしたらダンスホールでも、不躾なほど彼を見つめてしまっていたのかもしれない。
ここまで醜態をさらしているのだからもうこれ以上のことはない。ひらき直ってリルは王子に乞う。
「あ、あなたの体液を……私に、ください!」
カシャンッ、と鋭い音を立ててグラスが茂みのうえに落ちて割れた。仮面をつけているから表情はよくわからないが、きっと驚いている。口が半分だけぽかんと開いている。
表情がわからないのは彼も同じだ。リルの目もとも、いまだに仮面に覆われている。
「――はは、おもしろいひとだね。あなた、名前は?」
くっ、くっと笑いながら王子が尋ねてきた。
「……リル・マイアーです」
「僕はオーガスタス・クレド・ルアンブル。さてリル、面倒だから敬語はなしにしよう。名前も呼び捨てでいい。それに、たぶん僕のほうが年下だしね。それで……なに? 僕の体液が欲しいって?」
年下、という言葉にむっとしながらも事実なのでそこは言及しない。
「そうよ。あなたの体液を搾取すれば若さを保てるって、占いで出たの。私は本気よ。あなたを誘拐する覚悟で、きたの」
本当は誘拐などする気はないが、酒の勢いで脅しにかかっている。なかばやけにもなっている。
「ふうん、若さねえ……。それじゃあ、あなたのこといろいろと教えてよ」
「いろいろ……って?」
「そうだな……。どこに住んでるのかとか、そういうこと」
「え、ええと――」
森のなかにひとりで住んでいること、薬を売って生計を立てていることをリルは話した。いきおくれの公爵令嬢だとか、そういうことは聞かれなかったので語らない。