リルの形相になにを思ったのか、オーガスタスは「まあまあ」と言いながら両手を上げた。
「ごめんごめん、年齢の話はもうしないよ。それよりも、リル。顔を浸けるのが怖いなら、僕があなたの体を支えて優しく洗ってあげるよ」
オーガスタスが距離を詰めてくる。
「ちょっ!? やっ、やだ、さわらないで」
「どうして?」
「くすぐったいのよ、素肌に触れられると……ゃっ!」
「肩くらいでへんな声を出さないでよ。ほかのところもさわりたくなってしまう」
大きな手のひらに両肩をつかまれたリルはぐいっ、とうしろに体を引かれた。
「ほら、僕の腕に体をあずけて。髪の毛がぜんぶ湯にひたるように」
「やっ、や……!」
なかば無理やりに彼のほうを向かされる。リルは胸もとを隠すので手一杯だ。
「大丈夫だから、リラックスして」
まるで赤ん坊にでもなったようだった。オーガスタスの両腕に、横向きに抱かれている。彼の腕がゆっくりと湯のなかへと沈み込んでいく。
青かったリルの髪の毛が色を失い、闇に溶けていく。
「あなたはけっこう手のかかるひとだね」
「……舞踏会場の庭でのことを言っているの?」
リルの言葉を肯定するように彼はほほえむ。
「じっとしててね」
オーガスタスはリルの体を左腕で抱き込むようにして支え、もう片方の手で彼女の髪の毛を湯で濡らした。
前髪はそうして湯をかけてもらわなければ染料が落ちない。リルは恥ずかしさを感じながらも、なにもかもが温かく、彼の手つきがとても丁寧だったせいもあって心地がよかった。
「――はい、できた」
リルの髪の毛を黒に変えたオーガスタスは彼女の体をそっと起こした。
「あ、ありがとう……。すごく、気持ちがよかった」
両腕を前でクロスさせたまま、うわずった声を出すリル。オーガスタスの瞳が妖しく細まる。
「……もっと、気持ちよくなることをしようか?」
彼の手がリルの背を撫で上げた。腰もとからのぼってきた手は湯を跳ねて肩を抱く。
リルはぶんぶんと頭を横に振った。オーガスタスの手つきには、髪を洗ってもらっていたときとは違って性的なものをいやでも感じさせられる。
「ちぇ、つまらないな。まあ、へんなことはしないって約束しちゃったしね。……そうだ、リル。体液だ」
思い出したように言って、オーガスタスが顔を寄せてきた。
「さあ舐めて、僕の首すじ。さっきよりもずいぶんと汗をかいてるから、たくさん舐められるでしょ」
「~~っ!!」
正面からぎゅうっと抱きしめられ、体が密着する。オーガスタスは首を差し出すように頭を傾けた。片手でリルの後頭部を押さえて強引に舐めさせようとしている。
もともと彼の「体液を搾取」することが目的のリルだが、どうしてか王子に主導権を握られている。
「ほら、早く」
オーガスタスとのあいだに挟み込んでいる両腕でなんとか隙間を保ちながら、舌を突き出す。少し舌を出したくらいでは届かない。思いきってべえっと大きく舌を伸ばす。
ちろり、と舌先が汗を舐め取る。彼の素肌にはほとんど触れず、汗雫だけをリルは的確に舌ですくった。
「……お味はどうですか。若返りそう?」
「しょっぱい。それから、私は若返りたいんじゃないわ。どうあがいても時間はさかのぼれない。だからせめて、これ以上は老けないようにしたいの」
「なるほど。リルの頭のなかは完全に お花畑というわけじゃないんだね」
完全に、とくわえられているのは、占いを信じて行動していることをさしているのだろう。
妄信だと自覚しているからこそ、否定はしない。それでも、すがりたいのが乙女心というものだ。
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「ごめんごめん、年齢の話はもうしないよ。それよりも、リル。顔を浸けるのが怖いなら、僕があなたの体を支えて優しく洗ってあげるよ」
オーガスタスが距離を詰めてくる。
「ちょっ!? やっ、やだ、さわらないで」
「どうして?」
「くすぐったいのよ、素肌に触れられると……ゃっ!」
「肩くらいでへんな声を出さないでよ。ほかのところもさわりたくなってしまう」
大きな手のひらに両肩をつかまれたリルはぐいっ、とうしろに体を引かれた。
「ほら、僕の腕に体をあずけて。髪の毛がぜんぶ湯にひたるように」
「やっ、や……!」
なかば無理やりに彼のほうを向かされる。リルは胸もとを隠すので手一杯だ。
「大丈夫だから、リラックスして」
まるで赤ん坊にでもなったようだった。オーガスタスの両腕に、横向きに抱かれている。彼の腕がゆっくりと湯のなかへと沈み込んでいく。
青かったリルの髪の毛が色を失い、闇に溶けていく。
「あなたはけっこう手のかかるひとだね」
「……舞踏会場の庭でのことを言っているの?」
リルの言葉を肯定するように彼はほほえむ。
「じっとしててね」
オーガスタスはリルの体を左腕で抱き込むようにして支え、もう片方の手で彼女の髪の毛を湯で濡らした。
前髪はそうして湯をかけてもらわなければ染料が落ちない。リルは恥ずかしさを感じながらも、なにもかもが温かく、彼の手つきがとても丁寧だったせいもあって心地がよかった。
「――はい、できた」
リルの髪の毛を黒に変えたオーガスタスは彼女の体をそっと起こした。
「あ、ありがとう……。すごく、気持ちがよかった」
両腕を前でクロスさせたまま、うわずった声を出すリル。オーガスタスの瞳が妖しく細まる。
「……もっと、気持ちよくなることをしようか?」
彼の手がリルの背を撫で上げた。腰もとからのぼってきた手は湯を跳ねて肩を抱く。
リルはぶんぶんと頭を横に振った。オーガスタスの手つきには、髪を洗ってもらっていたときとは違って性的なものをいやでも感じさせられる。
「ちぇ、つまらないな。まあ、へんなことはしないって約束しちゃったしね。……そうだ、リル。体液だ」
思い出したように言って、オーガスタスが顔を寄せてきた。
「さあ舐めて、僕の首すじ。さっきよりもずいぶんと汗をかいてるから、たくさん舐められるでしょ」
「~~っ!!」
正面からぎゅうっと抱きしめられ、体が密着する。オーガスタスは首を差し出すように頭を傾けた。片手でリルの後頭部を押さえて強引に舐めさせようとしている。
もともと彼の「体液を搾取」することが目的のリルだが、どうしてか王子に主導権を握られている。
「ほら、早く」
オーガスタスとのあいだに挟み込んでいる両腕でなんとか隙間を保ちながら、舌を突き出す。少し舌を出したくらいでは届かない。思いきってべえっと大きく舌を伸ばす。
ちろり、と舌先が汗を舐め取る。彼の素肌にはほとんど触れず、汗雫だけをリルは的確に舌ですくった。
「……お味はどうですか。若返りそう?」
「しょっぱい。それから、私は若返りたいんじゃないわ。どうあがいても時間はさかのぼれない。だからせめて、これ以上は老けないようにしたいの」
「なるほど。リルの頭のなかは
完全に、とくわえられているのは、占いを信じて行動していることをさしているのだろう。
妄信だと自覚しているからこそ、否定はしない。それでも、すがりたいのが乙女心というものだ。