森の魔女と囚われ王子 《 第二章 14

「――どう? 飲み込めた?」
「い、いいえ」
「じゃあ、もういっかい」
「………!」

 拒もうと思えばできたはずなのに、ふたたび受け入れてしまう。彼がまぶたを閉じるものだから、リルも同じように目を閉ざした。

(オーガスタスはどういうつもりなの)

 本当に唾液を摂取させるためにこれをしているとは思えない。この行為が口付けの部類だというのは直感した。

「ふ、くぅ……っ」

 しだいに考えごとができなくなっていく。
 歯列をたどられるとくすぐったいのだが、それだけではないなにかが下半身を中心にうずき始める。
 舌と同時に彼の手のひらもリルをまさぐる。両頬から肩、それからわき腹を撫でおろした。

「んんっ……!」

 思わず身をよじって逃げようとする。しかしすかさずオーガスタスがはばむ。
 腰もとに腕を巻き付けられ、後頭部は手のひらで固定されて身動きがとれない。
 ちゅっ、ぴちゃっと水音が響く。彼の唾液を飲み込むどころではないし、舌を絡め取られて強く吸い上げられているから、息すらできない。

「……大丈夫? 思っていたよりもキスが下手だな、リルは」
「そ、んな……こと」

 初めてなのだから当然だ、と言う前に視界がぐらりと揺らいだ。
 リルの黒い髪の毛がふわりと舞い、ピンク色のソファのうえに落ちて広がる。
 鮮やかな青と透き通るような金色の、射るような視線が痛い。
 オーガスタスはリルのひざに馬乗りになり、彼女に顔を寄せる。

(ま、まずいわ、とっても)

 このままでは彼の好き放題にされてしまいそうだ。そうされてなにがいけないのだ、という心の片隅に湧き起った考えを無視してリルはオーガスタスが興味を示しそうな話題を思案する。
 彼の関心を逸らせば、なんとかなると思った。

「わ、私っ、これからトレーニングの時間だわ」
「……トレーニング?」

 オーガスタスが首をかしげる。しめた、とばかりにリルは続ける。

「ええ。いろいろたるまないようにトレーニングしてるの」
「それなら、美容にいいマッサージ方法を知ってるよ」
「……っ!!」

 彼の顔が間近にせまった。つい息を止めてしまう。

「ほら、医学を学んだって言ったでしょ」

 手のひらが頬を撫でて滑り落ちていく。

「――やってあげる」

 どくっ、とあらぬ箇所が脈を打った。オーガスタスの手が、淡いグリーンのドレスのふくらんだところに添えられている。

「そ、それってどういう……。ぁ、ちょっと……!」
「ん? だから、マッサージだよ。美容に、とっても効果がある。お肌がつやつやになるから、僕に任せておいて」
「なっ、やっ……ッンン!」

 柔らかい唇を押し付けられ、なにも言えなくなる。
 オーガスタスはリルの唇を悪戯っぽくなんどもついばみながら両手でゆっくりと胸を揉みしだいた。

「オーガスタ、ス……ッ。や、ぅ……っ」

 唇が離れたときを見計らって「やめて」と言おうと試みるが、離れたかと思うと角度を変えてすぐに唇が舞い戻ってくる。

(このままじゃ、だめ)

 口がだめなら態度で示そう。両手で彼の胸を押し上げてみるが、厚く硬い胸板はちょっとやそっとではびくともしない。胸を激しく揉みまわされているせいで力が入らないのもある。

「あ……っ!」

 不意に唇が離れ、ふくらみの先端をドレスごしにカリッとひっかかれた。なぜオーガスタスはこうも的確に乳頭を探り当てるのか、はなはだ疑問だ。

「ど、どこが、マッサージだっていうの……っ、ん」

 ドレスのうえから乳首をぐりぐりと指で押されている。マッサージにはほど遠い行為だ。

「ああ、ごめんごめん。それじゃあ、じかにちゃんと揉んであげるね」
「―――!?」

 詰襟のボタンがプチプチとはずされていく。リルは彼の手を勢いよくつかむ。

「ふっ、ふざけるのもいい加減にしてちょうだい!」
「ふざけてなんかいないよ」

 やけに低く、妙に落ち着いた声音だった。
 オーガスタスの瞳に釘付けになる。
 ふだんはヘラヘラと笑ってばかりいる男が急にこんな表情をするとあせってしまう。
 いつになく真剣な彼を前にしてリルの心臓は早鐘を打つ。

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