森の魔女と囚われ王子 《 第三章 16

 ぐいぐいと背を押されて歩く。裏庭の端を通り、露天の風呂へやってきた。

「ほら、脱いで脱いで」

 オーガスタスはなんのためらいもなくリルの服を脱がせにかかる。

「ちょ、ちょっと……! やめて」

 彼がリルの言うことを素直に聞いていたのは収穫のあいだだけだ。いまはリルを完全に無視して彼女の服を拭い去っていく。

「肩、こってるでしょ? 揉みほぐしてあげるから、ね?」
「……っ」

 抵抗したところでどうせ結果は目に見えている。

「わ、わかったから……。自分で脱ぐわ。だからあなたも」

 ふうっ、とため息をつくリルをオーガスタスは満足げに見おろし、彼自身も服を脱ぎ始めた。リルはオーガスタスに背を向けて、残りの衣服をハンガーに引っかけた。ハンガーは軒下にあるので、雨が降っても濡れない。リルはいつもそうして風呂に入っている。
 いっぽうのオーガスタスは豪快だ。手早く服を脱ぎ、岩場に捨て置いた。リルはいつもそれを拾ってハンガーにかける。どうせ洗濯するのだからそのままにしておいてもよいのだが、なんとなく気になるのでそうしている。

「リル、早く」

 オーガスタスはすでに湯のなかだ。返事はせずに、湯のなかへ入る。

「そんなところにいたんじゃ肩を揉めないよ?」
「……本当に肩だけなんでしょうね」
「んー……。それは、状況による」

 リルは怪訝な顔をしてオッドアイの彼をにらむ。にらまれたほうのオーガスタスは、両手を顔の真横に持ってきた。おどけている。

「まあまあ。とにかくおいでよ」
「へんなこと、しないでよ。本当に疲れてるんだから、私。オーガスタスだってそうでしょう?」
「そうだね」

 警戒して動かないでいると、オーガスタスのほうから近づいてきた。リルのうしろにまわり込んで、彼女の両肩をつかむ。
 彼の手は熱い。ゆっくりと力を込められ、こった肩にはよく効いた。

「ねえ見て、リル。綺麗な夕陽だ」
「……ええ」

 一日が終わる。今日は、彼と過ごすことができた。しかし明日はわからない。リルとオーガスタスはとても曖昧な関係だ。

(やだ……夕陽のせいね。なんだか哀しくなってきちゃった)

 オーガスタスが真面目に肩を揉むものだから、リルはほかになにをするでもなく、不安に駆られた。そんな彼女の横顔をオーガスタスは不思議そうにのぞき込む。

「……リル。なにを考えてるの」
「べつに……なにも」
「そう……?」

 肩を覆っていた両手がするするとふくらみのほうへ落ちていく。

「んっ……やめてったら」
「疲れ果てて元気がないみたいだから、こっていそうなところを揉んであげる。リルがいつもどおりになるように、ね。奉仕だよ、奉仕」
「やっ……!」

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