森の魔女と囚われ王子 《 第四章 04

 けっきょく、少年は眠らなかった。
 それから半刻ほど、少年はベッドに仰向けになったままオーガスタスやリルと森の話をして過ごした。

「――うん、脈も安定してるし顔色もいい。もう大丈夫だ」

 ベッドから上半身を起こした少年の背をオーガスタスがぽんっ、と軽くたたく。

「じゃあ僕は、この子を馬で街まで送ってくるよ」
「ええ、いってしゃっらい」

 玄関先で乗馬用のブーツを履いたオーガスタスは、少年とともに裏庭へ向かい、白馬に二人乗りをして街へ駆けて行った。
 リルは振り終えた手をゆっくりとおろす。白馬はもう見えない。

(……昼食の準備をしよう)

 ぱんっ、と両頬を手のひらでたたき、リルは昼食作りを始めた。


 リルが昼食を作り終えるころにオーガスタスは戻ってきた。
 いつものようにふたりで食卓を囲む。

「オーガスタスって、すごいのね」
「え……。なあに、急に。褒めておだてる作戦?」

 オーガスタスはパスタを口に入れる寸前でフォークを止め、目を丸くしている。

「作戦って……なによそれ。べつに深い意味はないわ。ただ純粋に感心したのよ。冷静で……本物のお医者様みたいだった。本当、王子様にはぜんぜん見えない」
「いちおう医者のライセンスは持ってるよ」
「そうなの?」

 微笑していたリルの口角が、しだいに下がっていく。

「私だって……薬剤師の公的なライセンスを持っているのよ。ゼンソフィアの発作を抑える薬の作り方だって、きちんと学んでいたんだけど……。情けないわ、気が動転して、まったく思い出せなかった……」

 ふだんは、健康を増進する補助的な薬しか作らない。リルは「ふう」とため息をついて、フォークにパスタを絡める。

「まあ、そう落ち込まないで。結果的にはちゃんと作ることができたんだし。あの子もそれで助かったんだ。……じつは、あと少し薬の完成が遅れていたら危なかった」
「ええっ!?」
「がんばったね、リル」

 向かいから伸びてきた手が頭を撫でる。そのまま黒髪の一束を指に絡められた。

「……も、もう。子どもじゃないのよ、私。頭なんて撫でないで」
「そう? リルは子どもっぽいところがあるって、僕は思ってるんだけど」
「それは私のせりふよ」
「ええ? 僕のどこが子どもだっていうんだ?」
「全部よ、ぜんぶ」
「……じゃあ、子どもじゃないってところを証明しないとね? リルの体を使って」

 野菜のクリームパスタに向けていた視線をオーガスタスに移す。上目遣いでこちらを見つめてくる彼には情欲がにじんでいる。

「ば……っ、ばかなこと、言わないで」

「僕はいつだって大真面目だよ。……ああ、リルの手料理はどうしてこんなに美味しいんだろうね」
 幸せそうにほほえんで、ぱくぱくと料理を口に運ぶオーガスタスを、リルは直視することができなかった。

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