王子様とむかえる朝~秘めやかな蜜をたたえて~ 《 番外編 02

 チェリーは宰相であるラズールの執務室にいた。近隣諸国の政治的な資料を見せてもらっている。

「おに……、いえ、ラズール様。この国の主産業で疑問に思うところがあるのですが」
「うん? どのへんだい?」

 彼が身を寄せてきたので肩がぶつかった。チェリーとラズールはスモークグリーンのカウチに並んで座っていた。
 資料を指差しながら質問すると、ラズールはとてもわかりやすく説明をしてくれた。

「あ、なるほど……。わかりました、ありがとうございます。ラズール様のご説明は本当にわかりやすい。助かります」
「きみがのぞむことなら何でも教えてあげるよ」

 ラズールはチェリーの隣にぴったりとくっついたままだ。困り顔で彼を見上げる。

「あの、ラズール様? 近すぎるような気がいたします」
「そうだね、きっと気のせいだよ」

 会話がかみ合っていないが、宰相はチェリーの言葉をしっかりと理解しているはずだ。
チェリーはこれ以上、端には座れない。4人は座れるであろうカウチなのに、ふたりで隅のほうにこぢんまりと腰をおろしている状態だ。
 もう一度、彼にもう少し離れるようにと声をかけようとしていたら、コンコンッと大きなノック音がした。

「邪魔するぞ――やっぱりここだったか。って、おい! 離れろ、ラズール」

 真っ青な上着を着た王子が宰相の執務室に入ってきた。カウチに身体を寄せ合って座るふたりを見るなり顔色まで青く変えてチェリーとラズールのなかに割って入る。

「殿下、チェリーは近侍になるための勉強をしているんです。邪魔をなさらないでください」
「……勉強なら俺が教えるって言ってるだろ」

 チェリーの真横に腰をおろしたプラムが口を尖らせてそう言った。

「申しわけございません、プラム様。私は理解力にとぼしいので、プラム様のご説明では、ちょっと……」

 王子の口がさらに尖る。いっぽうでラズールは勝ち誇ったようにニイッと唇の端を上げた。

「さあ、そういうことですから殿下はお戻りください。チェリー、続きをしよう」
「はあっ!? つ、続きって何だよ!」
「勉強の続きです、プラム様。私のことはいいですから、どうかご公務にお戻りください」

 不満をあらわにプラムは憤然と立ち上がり、無言で執務室を出て行った。

(せっかくああ言ってくださったのに申しわけないけれど……。プラム様の説明は本当によくわからないのよね。直感的すぎるというか。でも、もっとほかに言い方があったかも。すっかりご機嫌を損ねちゃったな……。あとでちゃんと謝っておこう)

 チェリーはしばし反省し、それから気持ちを切り替えてふたたび政治資料に目を通した。

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